基礎の行が重要だと考える理由

[相似](そうじ)

この言葉の意味を辞書で調べると

①形や性質が互いによく似ていること。

②一つの図形を拡大または縮小した関係にあること。

③異種の生物の器官で、発生的には異なるが、機能が同じであるために形態が似ている現象。

と書いてあります。私の今までの投稿は七割以上がこの相似に関するものなのですが今回もそれに当たります、今後、書いてみたいテーマとして[親和性](しんわせい)というものがありますがそれはまた別の機会にさせて頂きます。

私は契山館に修行会員として入会して3年程経ちますが基礎の行はほぼ毎日行っております。基礎の行を行なわない日はインフルエンザで高熱が出ているとかお腹を下してトイレから離れられないとかいわゆる体調不良の時だけです。そんな時は他の霊的修行も行なっておりませんので基礎の行は霊的修行の一つとして必ず実施しております。

本当は体調不良時でも習慣となっている日々の修行は欠かしたくはないのですが肉体の調子が良くない時はやはり集中力が持続出来ません。この様な状態で修行を行うのは指導霊の方々に大変無礼な気がして「申し訳ございません。体調がすぐれず本日の修行はお休みさせて頂きます。」と欠席届けを提出します。少々、話しが横道にそれましたがそれくらい基礎の行を重要だと考えていることをご理解ください。

ではなぜ基礎の行が重要だと考えているのかお話しします。

私は15年以上、武道、格闘技の道場に籍を置いています。素晴らしい師と出会えてその師の人柄と武道家としての実力に惹かれて多くの門下生が集いました。

「武道は人生道」そう教えを受けて現在に至るまで修行を続けています。キツかったのかもしれません、大変だったのかもしれません。しかし辞めようと思ったことは一度もありませんでした。只々、日々成長して行くことが楽しくて仕方ありませんでした。

武道に関して書き込みすることはいくらでも出来ますが本日の主旨を変えてしまいますのでこの程度にしておきます。今後、もしご要望があれば書き込みますがそれこそが武道の修行と霊的修行の相似に関する部分がほとんどになると考えています。

15年以上も道場に籍を置いていると師匠に初心者の指導を任されることがあります。私も通って来た道ですので喜んでさせて頂きますが,武の道ではまだまだ未熟者を自負しておりますので甚だこそばゆい思いをして指導をします。拳の握り方からパンチの出し方、引き方、足の位置から腰の回転、肩の回転、重心の移動法、指導することは多岐にわたりますが実はさして難しいことではないのです。実は武道とか格闘技というのは全て物理の力学の法則に従って体系が出来上がっておりその人間が持っている筋力を如何に効率的に拳にまで移動出来るかに終始するからです。

よって力学の法則から外れた所作は美しくありません。だから初心者の動きを力学的に正しい体の使い方に微調整すれば良いだけなのです。ここでチョット面白い言葉の置き換えをしてみましょう。

『個々の筋力』→『個々の霊力』 、 『物理の力学の法則』→『霊的世界における霊的法則』  、『力学的に正しい体の使い方』→『霊的修行時の次第の所作の正確さ』、『師匠の教えに対する信頼』→『地上の師と神霊に仕える方々に対する信頼と信仰心』

 

なにか、凄く似て(相似して)いませんか?私はいつもそう感じています。

 

晴れて基本的な体の動きを会得した初心者が最初に教わる技があります。

「ジャブ、ワン、ツー」です。ここで格闘技に余り馴染みのない方に説明します。

利き腕が右手で右手を後ろに拳を構えている状態から左拳を軽く相手の顔めがけて繰り出すのが「ジャブ」です。これによって相手の重心の位置やこちらの立ち位置を変えます。そのあと左拳を元の位置に戻し同じ左拳で相手のガードを下げさせる為に腕が伸び切らないぐらいの距離で強めに打ちます。これが「ワン」です。「ワン」で体勢を崩しガードを下げさせた後に右拳で力一杯、相手のアゴを打ち抜きにいきます。これが「ツー」で相手を倒すパンチになります。

これが最初に教わる技です。契山館で言うところの基礎の行にあたるものです。

技の動き自体はシンプルなものですがこれが出来るようになってから色々な技を教えてもらいます。動きに慣れて来るとキック技も加わりますし、同じ様な技であってもバリエーションが増えたり微妙なタイミングの変化をつけたりします。勿論、相手を倒す為の技も多くありますが実はこの「ジャブ、ワン、ツー」に繋げる為の目眩しの技が凄く多いんです。最初に教わる技が相手を倒す最後の技というのが面白くないですか?

この最初に教わる技、格闘技のトレーニングをする時、練習をしない日は1日もありません。サンドバックを叩く、シャドーボクシングをする。スパーリング(本気を出さない試合形式の練習)に至っては練習自体、成り立ちません。

師匠曰く「ジャブ、ワン、ツー、を極めたら間違いなく世界で一番強くなれる」とのことです。シンプルゆえに奥が深く底知れぬ力と可能性を秘めていると私もそう感じています。

体に染み付いた武道訓、だから私はこれからも一番最初に教わった基礎の行を行なっていきます。日々の修行で行うと毎回、違う印象を受けます。本当に不思議です。

これからもなにかを感じるために何かを学ぶために想いのままに続けていきます。

 

byゆたんぽ

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基礎の行が重要だと考える理由」への8件のフィードバック

  1. 私も武道に興味があり、少し籍を置いたことがありましたが、一つの事しか出来ない不器用さと、別の道とは言え自分に「師」が二人いる事に違和感があり、辞めました。

    基礎行の深い所の本当の意味は私には分かりませんが、もしかしたら拍子抜けするほど
    単純なのかもしれませんね。

    と言いながらも、やっぱり分りません。

  2. お邪魔します。かしわで、と申します。

    基礎行のみ習っている状態ですので、調整も何も無いのですが
    そのまま基礎が土台の様なものなのかな…と

    仰られた、基本かつ有効打になるワンツーが打てない
    例えば相撲取りが四股も踏めないでは、成り立たないんでしょうね。

    基礎行がちゃんと出来ているのかと、問われると
    始めたばかりの私は、到底難しいですね…

    • かしわでサン
      ちゃんとできているかなんて、私も同じく分かりません。私もどなたか達人の方にお伺いしたいです(笑)
      ただ必ずなにかの意味はありますしそれを疑わないことです。
      それも立派な信仰心だと私はおもいます。

  3. 基礎は、何においても、大事ですよね。なのに、神殿禊法初伝、神殿鎮魂法初伝に、出て以来していなかった自分に反省です。基礎行 大事です。

    • チョコチップさんありがとうございます。
      大事だからこそ大事を意識しないレベルで行いたいですよね。
      例えば息をするとか水を飲むとか。
      お互い日々の修行に精進して参りましょう!

  4. 基礎行はまったく忘れてしまっていました(¯―¯٥)
    一から修行し直します!m(_ _;)m

  5. 僕も最近まで全くやっていなかったですよ^^;
    でも初心者の人と共同でやる機会があったので、久し振りにやってみると、なんか、良いんですよね。
    難しい事は分からないですけど、もっとやっておけば良かったと後悔しましたよ。

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