悪いことをすると地獄に落ちる?

昔からよく「悪いことをすると地獄に落ちる」等と、言われることがあります。

それは本当なのでしょうか?

結論から申し上げますと、悪いことをすると地獄に落ちる、というわけではないようです。

まず、《死後の世界》に、地獄があるのかどうかですが、それは実際に存在するそうです。

正式には《幽質界》と呼ばれる死後の世界の、最下層のおぞましい世界を、地獄と呼ぶことがあります。

しかし、本稿では、最下層の幽質界とまでは言えなくても、耐え難い苦痛や恐怖が、いつ終わるとも知れず延々と続くような世界の事を、まるで地獄のような世界、と分かりやすく表現しています。

どう考えても幸せな世界とは言えない、私達が死後、絶対に入りたくない、いや、入ってはならない世界の事です。

そこで問題なのは、どのような方が、まるで地獄のような世界に落ちるのかということです。

地獄のような世界は、《幽質界》と呼ばれる《死後の世界》の下層部にあります。

重要なことは、死後に《幽質界》下層部の、地獄のような世界に落ちるかどうかは、《幽質界》の法則、言い換えれば、《幽質界》の側の尺度で決まるということなのです。

物質界と呼ばれる、この世の側の基準、たとえば、物質界の善悪の尺度で決まるわけではないのです。

では、どのような方が、まるで地獄のような、苦しみの世界へ落ちてしまうのでしょう。

それは、物質界では肉体と重なって存在している、《幽体》という霊的身体の活力がなく、その健康状態が悪い方なのです。

《幽質界》は、いくつもの階層に別れていて、《幽体》の活力や健康状態が、同レベルの者同士しか、同じ階層に住めないという法則があります。

ですから、《幽体》の活力がなく、健康状態の悪い方が、肉体の死を迎えると、同じように《幽体》の状態が悪い《霊魂》が集まる、《幽質界》下層の、地獄のような苦しみの世界へ落ちてしまうのです。

要するに、この物質界での生き方によっては、肉体と重なっている《幽体》の状態が悪化し、死後《幽質界》へ入ると、下層の世界へ落ちてしまうということなのです。

では、その《幽体》の状態が悪化する原因は何なのでしょうか?

その原因は大きく分けて2つあります。

1つ目は、《幽質界》の下層から物質界に舞い戻った、不道徳な霊魂や邪霊の、穢れた《幽体》の放つ、性質の低い《幽気(霊的な気)》と接触し、その《幽気》を吸収してしまうことにより、自身の《幽体》も穢れて、その状態が悪化してしまうのです。

現代は、《幽質界》の下層から、大変多くの霊魂が、物質界に舞い戻っています。

彼らは五感には感知出来ないので、目には見えず、接触しても気付けません。

でも、彼らと接触する度に、私達の《幽体》は穢れて、活力を失い、健康状態が悪化するのです。

私達の《幽体》は、高級な《霊魂》が持つ高級な《幽気》と接すれば、活力が高まり、逆に、下層から来ている《霊魂》の持つ低い《幽気》と接すると、活力を失うのです。

もう1つは、人間の発する攻撃的な念を受けることです。

念は物質ではないので、肉体は影響を受けませんが、攻撃的な強い念は、受けた人の《幽体》に突き刺さり、《幽体》をボロボロにして、その活力を低下させます。

先程、悪いことをすると地獄に落ちる、というわけではないと申し上げました。

それはその通りなのですが、悪いことをすると、他の人から、攻撃的な強い念を受けやすくなる場合が多いでしょう。

そして、攻撃的な強い念を受けて、《幽体》がダメージを受ければ、下の方の世界へ落ちやすくなるのは事実です。

やはり、悪い行いは慎んだ方が無難だと言えそうです。

ただし、ここで言う悪は、物質界の基準での悪であって、《幽質界》の基準での悪ではないことは、前述の通りです。

物質界の基準は、時代や地域や宗教によっても異なるもので、絶対的なものではないのです。

だからと言って、何をしても良いと言うわけではありません。

法律は守る必要がありますし、社会秩序を乱すような行いや、社会常識に反するような行為は、行うべきではありません。

さて、それでは、私達は、どうすれば《幽体》の活力を高め、健康状態を高めて、死後、地獄のような苦しみの世界へ落ちないで済むのでしょうか?

現代は、私達を取り巻く、霊的な環境が悪化しているので、特別な対策を取らない限り、私達の《幽体》の状態が悪化してしまいます。

実は、その特別な対策法が、《契山館》にはあります。

《神伝の法》という《霊的トレーニング法》です。

これが唯一の、確実な対策法なのです。

《神伝の法》を実習すれば、《幽体》に付着した穢れを祓うことが出来ます。

《幽体》の活力が高まって、強いオーラを放つようになるので、不道徳な霊魂や邪霊を、近寄らせにくくなります。

《幽体》の抵抗力が増して、少々の、攻撃的な念を受けても、ダメージを受けにくくなります。

この物質界で生きる間に、《神伝の法》を行えば、以上のように《幽体》の状態が良好になりますから、死後の《幽質界》で、まるで地獄のような、苦しみの世界へ落ちる可能性は、ほぼなくなります。

どうぞ今こそ、《神伝の法》によって、《死後まで続く幸福》への道へお入り下さい。

あなた様の決断が、あなた様ご自身を救い、あなた様の愛する方々を救い、全ての人類を救うことにも繋がるのです。

《契山館》では、定期的に各地の《支部・分会》で行われている《集会》の見学が可能です。

ぜひ一度、見学にお越しの上、疑問点やご質問がおありでしたら、お尋ね下さい。

《集会》の日時等は、各支部・分会へお尋ね下さい。

byなおいー

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29 thoughts on “悪いことをすると地獄に落ちる?

  1. まず、一般的に知られている霊的な情報がほとんど正しくなかったことを知ってほしいです。
    ほとんどの方が、分かったような分からないような、はっきりした答えを知らないはずです。

    水波霊魂学は新説ではありません。霊的な事実を教えてくれます。

    下層の幽質界と言われるところは、ましてや地獄と呼ばれる世界は、人間が思っている以上に辛い世界のようです。地上にいる間はそんな事はどうでも良いかもしれませんが、人間は何人たりとも例外なくいつかは死にます。

    死後の世界を少しでも信じるのであれば、法則を知り、どのような状態の人が下層の幽質界へ落ちてしまうのか、そして下層の幽質界へ行かないための対策があるのであれば、絶対知った方が良いし、実践した方が良いと思います。

    とりあえず、ネット上で情報を調べてください。
    そして、お近くの支部集会へ問い合わせてください。

  2. もし死後低い世界に入ってしまったとしたら、その方の幽体の状態がそういった世界になじみやすい身体だったということ。
    なおいーさんが今回の記事でおっしゃっている内容を笑って終わらせてしまうのも、その方の自由意思ですが、たとえ今は信じられなくても、知識として知っていて頂けたらと思っています。
    霊的な法則を何も知らないまま、もし低い質の死後の世界に入ってしまったとしたら、あまりの苦しみに、神も仏もないのかと、高級な存在を全て否定してしまう方もいるでしょう。そうなってしまったら、その方は死後ただただ落ちるだけで、本当に救われなくなってしまう。
    知っているだけでも、死後、救われるか、救われないか、変わってくるかもしれません。ネット・書籍など、情報はいくらでもあります!

  3. 悪い事をしない方が念も飛んできにくいので、より良いでしょうから、なかなか簡単に否定が出来ないんですよね~(´・ω・`)
    でも、悪い事をしたから、下に行くのではなく、念が飛んできて幽体がボロボロだから、下に行きやすいんです。
    なので、幽体を鍛えて、一般の人の念で傷付かない幽体になる事が一番良いです。
    全く関係ない念も突き刺さる事もあるみたいですから((((;゜Д゜))))ブルブル

  4. なおいーさんの非常にわかりやすい説明ですね。
    もしこの内容が腑に落ちない方がいるとすれば自身の正義を疑った方がいいです。
    この世界は絶対正義も絶対悪もありません。全ては自己保存の本能から来る相対的な正義と悪です。
    自分にとっての正義も他の誰かにとっては御し難い悪なのです。
    今、考えるべきは自己保存が不要になった後の世界のことだと述べているのです。
    その世界もこの世界と同様に絶対悪も絶対正義もありませんが神様でも犯すことが出来ない絶対法則があるという凄く単純な話なのです。

  5. 世間の常識でも、自分の願望としても、良いことをしたら天国に、悪いことをしたら地獄に落ちる、と考えたくもなりますよね。

    でも、物質の法則であれば、善人でも悪人でも高層ビルから飛び降りたら同じく死ぬのに、なんで?と疑問に思うことはありません…。

    死後の世界の法則だけが、個人の人格で結果が決まるはずがないのです。
    そこに法則があるだけ、と知れば、きっと納得できると思います。

  6. 善いことをしても、天国のような幸せな世界に入れるわけでも、また、悪いことをすれば、地獄のような苦しみの世界へ落ちるというわけでもない、ということは、高貴な霊魂の方々が、水波一郎先生を通して教えて下さっている真実です。

    しかし、《契山館》では、善行を否定したり、悪行を肯定しているわけではありません。

    善いことを行い、人格を高めることは、この世においては大切なことですし、法律や社会規範を守り、社会常識を重んじ、他の人に迷惑をかけないように努めることも、重要なことだと言えるでしょう。

    ただ、この世の善悪の基準が、死後の世界の《幽質界》での行き先を決める基準ではない、ということですし、そもそも、時代や地域によっても異なることが多い、この世の善悪を定義を定めることも困難だと言えます。

    いずれにしても、本来《霊的生命体》である人間は、今後、物質界で生きる時間よりも、遥かに長い時間を、《幽質界》で、霊魂として生き続けていくことになります。

    その《霊的生命体》としての人間の生きる目的は、やはり、霊的な進歩・向上を目指すということだと思います。

    そのための修行は、《幽質界》に入ってからも、ずっと続いていきます。

    そのためには、《幽質界》において、霊的な進歩・向上するための《指導霊》の指導が受けられる、《上層の幽質界》へ入る必要があります。

    《下層の幽質界》へ入ってしまうと、そこは恐怖や苦痛に満ちた世界である可能性が高く、そこには《幽体》が成長した《指導霊》が、容易に近付くことが出来ません。

    その結果、霊的に進歩・向上して、そこから抜け出すことは、極めて困難になり、いつまでも苦しみ続けることになりかねません。

    《幽質界》には死がないので、自殺さえ出来ず、その苦しみが終わりなく、いつまでも続くことになるのです。

    そして、その《上層幽質界》と《下層幽質界》を分ける基準が、《幽体》の健康の度合いだと申し上げているのです。

    私達は、このブログをお読みの方に、間違っても《下層の幽質界》へ入って頂きたくないのです。

    確実に《上層の幽質界》へ入るためには、やはり《神伝の法》の霊的トレーニングを行うことが一番です。

    ぜひ、あなた様にも、これを機会に、《神伝の法》の霊的トレーニングを始めて頂きたいと、願っております。

    • これは、私達、この世に生きる人間には、理解が難しいことかもしれませんが、結論を申し上げれば、殺人を犯したから、地獄のような世界へ落ちる、というわけではないようです。

      もちろん、殺人者が地獄へ落ちることはあるでしょう。でも、その場合、地獄へ落ちた理由は、その殺人者が殺人を犯したからではないのです。

      殺人者は、多くの場合、遺族の恨みや、社会からの非難など、多くの攻撃的な念に晒され、肉体と重なっている、幽体という霊的身体がボロボロになります。

      そして、そのような傷だらけの不健全な幽体では、幽体が健全な霊魂が住む幸せな世界へは入れず、同じように幽体が不健全な霊魂が集まる世界、すなわち地獄のような苦痛に満ちた世界へ落ちることになります。

      ですから、もし、その殺人者が、誰からも恨まれたり非難されることがなければ、その殺人という行為が原因で、地獄に落ちることはない、ということになります。

      大切なことは、死後の世界である幽質界での行き先を決めるのは、幽質界の基準であって、この世の善悪の基準ではないことです。

      この世の善悪の基準は、時代や地域によっても変わるもので、絶対的なものではありません。

      例えば、悲惨なことではありますが、戦争が起きれば、敵兵を殺すことは犯罪ではありません。後に敗戦国になれば、戦争責任を問われるかもしれませんが、通常、この世の法律で裁かれることはないでしょう。

      このように、最も重い犯罪と言われることが多い殺人ですら、この世の人達の都合で善にも悪にも成り得るのです。この世の善悪の基準は、所詮、この世の人が作ったもので、神仏や高級霊魂の方々が、お作りになったものではないのです。

      しかし、契山館では、殺人や犯罪行為を奨励したり許容しているわけではありません。

      この世において、法律や倫理道徳を遵守するのは当然のことです。契山館は、高貴な存在への礼節と、社会の一般常識を、何よりも重視している団体なのです。

      ただ、「霊的世界の霊魂から見た真実は、こうである」とお知らせさせて頂いているわけです。

      最後に、契山館の主宰者、水波一郎先生監修のホームページ《霊的情報館》の、《死後の世界》の節に、《死後の世界Q&A》がありまして、そこに「良い事をしても、悪い事をしても死後行く世界には一切関係がないのですか?」という質問と、その答が掲載されていますので、ご参考までに引用させて頂きます。

      (以下引用)
      A そうではありません。

      原則として、無関係なのです。
      けれども、個々には、そうした傾向がないとも言えません。

      たとえば、ある人が誰かを殺したとします。
      その殺人者は、当然、相手の家族から恨まれます。

      その場合、恨んだ人の強い念が、恨まれた人の幽体に突き刺さる事があります。
      その結果、その犯人の幽体は傷ついてしまいます。

      それがあまりに強い影響を持つようですと、死後の世界へ入っても、その幽体の傷のために、上の世界には馴染めず、結局、下の世界に入ってしまうといった事があります。

      良い事をした結果、上の世界へ行けて、悪い事をしたから下の世界へ行く、というのは基本的には間違っていますが、悪い事をすると他の人から恨まれやすいので、結果として下の世界へ行きやすいということがあるのです。

      つまり、悪い事をしたから下の世界へ行くのではなく、人に恨まれるような事をしたので下の世界へ行きやすい、と言った方が正確なのです。

      そうなりますと、人に分からなければ、悪い事をしても恨みを買わず、下の世界へは行かないで済む人もいます。

      逆に、悪い事はしていないのに、逆恨みをされて、下の世界へ入ってしまう人も出るのです。

      結局、法律に違反しようとしまいと、霊的には関係がないのです。関係があるのはむしろ、その行為による他の人達の反応なのです。
      (引用終わり)

      • ご返信ありがとうございます。
        もし殺人を犯しても下の世界に落ちないのならば殺人のカルマはどうなるのでしょうか?

        • 単細胞さんへ返信致します。

          霊的カルマの問題も、私達、この世を生きる人間には、とても難しい問題で、この世にあるうちに、その全てを理解することは、とても無理だと思います。

          ですから、契山館の公式な見解とは異なる部分があるかもしれませんが、可能な範囲で、私の考えを、少々、述べさせて頂きます。

          一般的にカルマのことを、因果応報などと申しますが、それはどうも、一部の宗教等で言われている程、単純なものではないようです。

          例えば、人を殺したから殺される、とか、人の物を盗んだら盗まれる、などといった単純なものではないようです。

          まず、死後に地獄のような世界へ落ちるかどうかと、霊的カルマの問題は、別であると思います。

          地獄のような世界へ落ちるかどうかは、あくまでも幽体という霊的身体の状態によるのであって、殺人を犯しても、幽体が健全であれば、そのような世界には落ちません。

          ただ、だからと言って、何の霊的カルマも生じない、というわけではないでしょう。殺人を機に、いっそう重い霊的カルマを背負うことになる、という可能性はあるかもしれません。

          ただそれも、物理的に人を殺したという問題よりも、殺人という行為に到らせた、激しい怒りや憎しみ恨みなどの心情、それらが、その方の幽体の記憶として残り、その方の意識を、いっそう重くして、霊的な進歩・向上、すなわち、幽質界の更に上の世界へ入るための、妨げになるということです。

          そのため、その方の幽体の一部は、霊的カルマとなった、それらの辛くて悲しい心情を解消しようとして、新たな肉体に宿って、この物質界に誕生してくるようです。

          しかし、そもそもその方が、過去世で、なぜ殺人を犯すに到ったか、と考察してみますと、その事自体が霊的カルマの影響を受けて、何かのきっかけで表面化した、未熟で未浄化な心理を、コントロール出来なかった結果である可能性があるでしょう。

          このように、過去世で集積し、潜在化した霊的カルマを、解消する目的で生まれてきても、何かの対策を講じないと、その霊的カルマに引きずられて、より重い霊的カルマを負ってしまうことも多いようです。

          そこで、その対策ですが、その代表的なものが、契山館で指導されている《神伝の法》の《神伝禊法》という霊的トレーニングです。

          《水波一郎先生》監修の《霊的情報館》の中の《霊的トレーニング》の項目の中に《神伝の法とは》というページがありまして、その中で以下のような箇所があります。

          (引用始め)
          Q 神伝禊法とは簡単に言うと、「魂を進化させる技法」で良いでしょうか。

          A そうです。
          ただし、霊的なカルマの解消法でもあります。
          (引用終わり)

          また、以下は、私が以前、「神伝禊法初伝《水の禊》」というタイトルで、投稿した記事からの引用です。ご参考までに、転記しておきます。

          実は人間は、一人一人が、何回もの過去世の記憶を持っていまして、その多くは辛くて悲しい心理や、激しい怒りの心理などの未浄化で未熟な心理です。

          それらは、普段は《幽体》意識の奥に隠れています。

          でもその隠れていた心理が、この世での様々な体験などの、何らかのきっかけで蘇ってくると、表面意識ではコントロール出来ない程の、大きな衝動となって、人生に重大な影響を与えてしまい、人生を不幸にしてしまうこともあるのです。

          しかし、《神伝禊法》初伝、《水の禊》は、この過去世の潜在された未熟な心情を浄化し、進歩させることが出来るのです。

          その結果、コントロール不能な過去世の心情に引きずられて、不幸になるような危険性が低下します。

          そして何よりも、《死後の世界》である《幽質界》において、恐怖と苦痛に満ちた、下の方の世界へ落ちる可能性が、ほぼなくなります。

  7. またまたご返信ありがとうございます。自殺をすれば苦しむと皆口を揃えて言いますがそれは本当の話でしょうか?

    • 自殺については、以下の記事をご紹介させて頂きます。

      「霊的情報館」の「死後の世界」、「タイプ別 死んだらどうなる? 」からの引用です。

      Q 自殺者は地獄のような世界に入ると聞いていますが。

      A そんなことはありません。
      ただし、自殺することはやはり良くありません。

      なぜかと言いますと、人は地上に生まれてやらねばならない事があるからなのです。

      Q それでは、自殺しても必ず、地獄に落ちるわけではないのですね。

      A そうです。しかし、自殺は勧められません。
      (中略)

      Q ということは、自殺であろうと、病死であろうと、死後に行く世界は、その人の幽体の質が問題だということですか。

      A そうです。基本的には死に方はどうであれ、問題なのは幽体です。
      (中略)

      Q でも、自殺したからすぐに地獄ということだけは間違いですね。

      A そうです。

      Q では、なぜ、自殺してはいけないのですか。神からもらった命だからですか。

      A そうではありません。
      人は生殖して生まれたのであって、神様が生ましめたのではありません。

      そうではなく、人は霊的なカルマというものがあり、それを解消しないといけない生命体だからなのです。

      それを無視して自ら死んでしまうと、霊的生命体としてのその人の荷物が重くなると考えてください。

      (中略)
      A 現代人は科学を信仰していて、神や霊魂をばかにしています。

      こうした場合は、自由意思の原則から言っても、高級な霊魂からの力が入りません。

      そのために、霊的な進歩が得にくくなっています。
      そうなると、幽体が成長せず、死後も低い世界に入る可能性が高くなってきます。

      つまり、自殺はしない方がよいのですが、だからといって、自殺した人よりも死後、幸福になれるというものではありません。
      (引用終わり)

      さらに、

      「霊の証言」、「霊魂からの証言」、「若くして他界した人」より引用します。

      自殺したからといって、必ず苦しみの世界に落ちるということはないようです。

      ですが、最近はほとんどの人が下の世界に落ちているという情報も入っています。
      自殺であれ、病死であれ、他殺であれ、霊魂の世界の法則としては、単に肉体から幽体が分離し、霊魂の世界に入るという現象にすぎませんので、死に方は本来行くべき世界とは関係がありません。

      ですが、自殺するほどに追いつめられる過程においては、不道徳な霊魂に干渉されていたり、他の人から強い恨みや攻撃的な念を受けていたり、といった霊的障害を抱えていることが大変多いようです。

      ですから、そうした人は、結局、苦しみの世界に入ってしまいます。
      特に最近は、この世界は霊的な環境が悪いようで、ほとんどの人は幽体に力がないようです。

      そのような状態で死を迎えると、病死の人ですら苦しみの世界に入る可能性がありますので、霊的障害を抱えた人はなおさら辛い思いをする可能性があります。

      世の中には、自殺というと、「神の罰が当たる」的な発想をする人がいますが、それは霊魂学的には間違っています。
      (中略)
      それでも現実には、自殺するとかえって苦しむ人がほとんどですので、何とか生きる方向に考えてほしいと思っております。そして霊魂も、一生懸命生きること、を勧めています。
      (引用終わり)

      以上のように、自殺という行為が罪だから、その罪への報いとして、苦しみの世界が待っている、というわけではないようです。

      むしろ、自殺をしてしまうほど、苦しく絶望的な状況に置かれていたことが問題だと思います。自殺される方は、ほとんどの場合、不道徳な霊魂の干渉や、攻撃的な念により、幽体が不健全となっていて、その幽体の状態で、幽質界へ入ってしまうことが問題だと言えるでしょう。

      私個人としましては、自殺をしたいほど苦しい方には、何とか自殺をする前に、幽体の状態だけは改善して頂きたいと考えています。

      本当に自殺をするかどうかを決めるのは、幽体を鍛えて健全化してからでも遅くないと思うのです。

      そして、幽体が健全化して、霊的な問題が解消すれば、自殺する必要などなくなるに違いないと、確信しています。

      • ご返信ありがとうございます。
        大量殺人しても地獄に落ちないことはあるのでしょうか?

  8. 結論から申し上げると、大量殺人を行ったかどうかが、死後、地獄のような世界へ落ちるかどうかの、判断基準になることはないと言えます。

    従って、大量殺人を行っても、地獄のような世界へ落ちないという可能性はあるでしょう。

    とにかく、死後の世界である幽質界での行き先を決めるのは、幽質界の判断基準によるわけで、この世の善悪の基準は関係ありません。

    そして、幽質界では殺人は犯罪ではないのです。なぜならば、幽質界には死がないからです。

    ただし、大量殺人を行った人間が、恨みや憎しみなどの激しい念を浴びない、という可能性は極めて低いのではないでしょうか?

    例えば、戦争で敵兵を大量に殺せば、自国では英雄として称賛されるかもしれませんが、敵国側からの攻撃的な念を避けることは、不可能に近いでしょう。

    そうなれば、幽体が傷付いて不健全になりますから、ほぼ確実に、死後、地獄のような世界へ落ちることになるでしょう。

    幽質界での行き先を決める唯一の幽質界側の基準、それこそ、幽体の性質、幽体の状態に他ならないのです。

    以上のように、殺人はその被害者の人数には関係なく、死後、地獄のような世界へ落ちるための、直接的な事由には成りません。

    しかし、それは、霊的な視点から見た真実ではありますが、私達は今現在、この物質界に生きていることを忘れてはいけないと思います。

    この物質界で生きている以上、この世の法律や倫理道徳を重視することは、極めて重要なことだと言えます。

    間違っても、地獄へ落ちないのなら、犯罪行為を行っても良いなどと、考えてはならないと思います。

    • またまたご返信ありがとうございます。とても参考になります。
      もうひとつ聞きたいことがあります。匿名掲示板などがありますが、顔が見えない相手にも念は届くのでしょうか?

      • 通常は、離れた距離にいる相手に、この世の人間が出した念が届くことはないと考えられます。

        なぜならば、肉体と重なったこの世の人間の幽体には制約があって、その幽体の脳から出た念は、至近距離にいる相手以外には、届かないようなのです。

        ところが、そこに霊魂が関与すると、話は別になります。霊魂は距離に関係なく自由に移動できますから、この世の人間の幽体が出した念を関知すると、その人の代わりに相手の元へ出向いて、相手の幽体に念を浴びせて、傷付けることが可能になります。

        これは私見ですが、相手が顔や居場所が分からなくても、そうした相手を見つけ出す技術を持った霊魂が存在するかもしれないので、絶対に届かないとは言えないと思います。

        いずれにしても、念を発した側の人の幽体が鍛えられていて、健全で活力があり、幽体オーラが強く出ていれば、守護霊や指導霊の視界に入りやすく、不道徳な霊魂の視界には入りにくいので、霊的な問題は少ないですが、その逆の場合は、出した念を利用して、不道徳な霊魂が悪戯をすることもあるようなので、注意が必要だと思います。

        • ご返信ありがとうございます。勉強になります。自分の幽体の情報を確認する方法はありますでしょうか?

  9. 自分で自身の幽体の状態を調査する方法は、残念ながらありません。

    自分のものであろうと、他の人のものであろうと、幽体は肉眼では見えないからです。

    でも、すでに幽体の存在となっている霊魂は、相手の幽体の性質が、自身と近ければ、見ることが出来ます。

    ですから、霊媒として、その霊魂が見た幽体の情報を、この世に伝えることが出来る方がおられれば、私達は、自身の幽体の状態を知ることが出来ます。

    私が知る限りは、今、幽体の状態を調査して下さった専門の霊魂の方からの情報を、私達この世の人間に、正確に伝えることが出来る方は、契山館の主宰者、水波一郎先生のみです。

    更に調査の結果、対処が必要であれば、霊術という行法で幽体の状態を改善して頂くことも出来ますし、自身で改善するためのトレーニング法の指導を受けることも可能です。

    ただし、幽体の霊的調査等は、契山館の会員とその家族、会員の紹介者に対してのみ行われています。

    • それは霊媒であると共に、霊魂学・霊的修行法の研究指導家、契山館の主宰者、水波一郎先生を通して、契山館を指導しておられる高級霊魂の方々が、私達に届けて下さったものです。

      その一部がホームページで公表されたり、書籍としてアマゾンで発売されたりしています。

      当ブログのホームにもリンクが貼ってありますので、よろしければ、水波一郎先生監修のホームページもご覧下さい。

      また、書籍の「死後まで続く幸福のために」等をお読み頂くと、幽体のことが、ご理解頂きやすいと思います。

      書籍の詳細は、ホームの書籍紹介のコーナーをご覧下さい。

      また、ご質問等は群馬支部の集会でもお受けしておりますので、ご興味がおありでしたら、リンク先より、開催日時をご確認の上、見学をお申し込み下さい。

      他の支部、分会の方がご都合がよろしければ、ご希望の支部・分会、または広報部へお問い合わせ下さい。

      なお、契山館では、見学やお問い合わせ頂いた方への、強引な勧誘等は一切行っておりませんので、ご安心下さい。

      • 参考にします!
        ところで悪霊や地縛霊や憑依などについてはどうお考えでしょうか?

  10. この世に戻ってきている霊魂のうち、より上位の霊魂の指示により、私達人間を霊的に援助するという目的を持っている存在には、守護霊や指導霊の方々がおられます。

    ただし、私達の幽体が健全で成長していて、強い幽体オーラを放っている状態でないと、守護霊や指導霊の方々の視界に入れませんから、その援助を受けることは出来ません。

    しかし、それ以外に、下層の幽質界の地獄のような苦しみから逃れるために、勝手にこの世に戻ってきて、暇潰しに人間に悪戯をしているような霊魂と、もっと積極的に人間を不幸にしようとして、組織的な活動等を試みるような霊魂が存在するのです。

    大まかに言えば、前者が不道徳な霊魂、後者が邪霊に該当すると、私は理解しています。

    不道徳な霊魂の場合、悪霊とまでは言えない場合が多いでしょうから、主に邪霊が悪霊に当たると言えるでしょうが、水波霊魂学では、原則的に悪霊という用語は使用しません。

    次に地縛霊です。地縛霊というと、一定の場所から動けずに、その場所で災いをもたらし続ける霊魂、というようなイメージがあります。しかし、邪霊や不道徳な霊魂でも、通常は自由に移動出来るので、わざわざ移動が出来ないような、不自由な状況に自らを置くとは、考えにくいでしょう。

    よって、地縛霊は存在しないと考えられます。ただし、特定の地域を縄張りにしている霊魂は存在するので、例えば、特定の映画館やショップなどを定期的に訪れては、その都度、一定時間滞在して、霊的に隙があり、干渉しやすい人間を物色するような事があるようです。

    憑依ですが、通常、憑依というと、霊魂が自身の肉体以外の肉体と重なって、一体化するというイメージがあるかもしれません。

    しかし、この世の人間の肉体には、すでに、その肉体所持者本人の幽体が重なっていますから、別の幽体存在である霊魂が、その人間と重なるのは、なかなか困難なようです。

    また、重なることが出来たら出来たで、今度は、そう簡単には離れられないようで、それは、霊魂にとっても行動の自由が制限された、不自由な状況のようです。

    ですから、そのような形での憑依は、それほど多く発生しているわけではないようで、邪霊や不道徳な霊魂は、対象者の肉体とは重ならずに、至近距離から対象者の幽体に接触したり、耳元で囁き続けたり、念で攻撃したりというように、側で付きまとうという形を取ることが多いようです。

    中には遠隔で離れた場所から、干渉する技術を持った霊魂もいるようです。

    現代は、この世に邪霊や不道徳な霊魂が溢れているそうですから、私達に霊的な隙があると、すぐにそれらの霊魂からの干渉を受けてしまうでしょう。

    その隙とは、一言で言えば、幽体が不健全で活力がなく、幽体オーラが出ていない状況、また、間気という肉体と幽体を接着させている、一般的にはエクトプラズムと呼ばれる半物質・半幽質の流出や不足等のトラブルです。

  11. 結論から申し上げれば、殺人者でも、神伝の法を行えば、この世から見れば、まるで天国のような世界へ、入れる可能性はあるでしょう。

    ただし、現実はもう少し複雑ですので、必ず天国のような世界へ入れるとは断言出来ません。

    なぜならば、神伝の法を実習すれば、なぜ幽体が健全化するのかと言うと、高級な幽気をお持ちの指導霊の方の援助を受けて、その幽気を吸収させて頂く必要があります。

    高級な幽気を吸収させて頂くには、まずは求めること。すなわち、指導霊の方々に、御願いしますと頭を下げる謙虚な心持ちが必要です。いわゆる信仰心ですね。

    信仰心がないと、神伝の法を形だけ行っても、高級な幽気を吸収させて頂けることはなく、当然、幽体の状態も改善しません。

    ですから、本格的な神伝の法を習得するには、修行会員として入会し、数日間の合宿研修に参加して、指導霊や指導者の方々に、礼を尽くして、教えを受ける必要があります。

    そこで始めて、肉体に宿っている未熟な人間と、高級指導霊の方々との間に接点が生まれ、神伝の法の霊的トレーニングが成立する準備が整うのです。

    ですから、高貴な方々への礼を尽くせない方、非礼を働く方、信仰心を持てない方などには、高級指導霊の方々の気が流れることはないのです。

    心中の非礼な思いを隠して、敬虔な人物を装えば、この世の人間は欺けるかもしれませんが、高貴な霊魂の方々を欺くことは決して出来ません。

    ですから、たとえ殺人者であっても、高貴な霊魂の方々を尊び礼を尽くす思い、信仰心があれば、神伝の法の霊的トレーニングが成立し、幽体が健全化して、死後は上層の幽質界へ入れる可能性はあるでしょう。

    しかしながら、例えば、殺人を犯したことにより地獄に落ちたくない、との我が身可愛さの恐怖心から、神伝の法の霊的トレーニングを行っても、高級な幽気が流れることはないでしょう。

    そして、神伝の法を行っても、この世での犯罪行為を行った罪を、帳消しにする免罪符にはなりません。

    霊的なことは霊的なこと。この世のことはこの世のことでしょう。次元が違うとは、そういうことだと思います。

    私達は、間違っても、神伝の法を行えば、地獄のような世界へ落ちないですむから、殺人を犯しても良いとか、自殺しても良いなどと、考えることがあってはなりません。

    • ご返信ありがとうございます。
      免罪符にならないというのはあの世で責任を取らされるのでしょうか?
      また、今度の合宿はいつになるのでしょうか?

        • 初めまして単細胞様

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