霊的向上と神伝の法

私は、人間の中には、誰でも霊的な向上心、すなわち自らの未熟さに気付き、それを克服して、より《神霊》のお役に立てるような存在になっていきたい、との思いが内在していると考えています。

ただ、この世で使用している肉体脳は、霊を知りませんので、この世に生まれてからの人生経験や、現在置かれている環境などによっては、霊的な向上心も、すっかり潜在してしまって、自覚出来ないことがあるかもしれません。

しかし、霊的な生命体である人間には、元々、備わっている霊的向上心ですので、何かのきっかけがあれば、顕在化して、表面の意識にも影響を与え始めるものなのではないか、と私は思っています。

さて、そのような霊的な向上心が芽生えてくると、やはり宗教や、スピリチュアル等に、興味関心を持つ場合が多いのでないでしょうか?

そうなると、宗教や類似の教義を学び、戒律を守ったり、反省行をしたり、善行や愛行に励むことになります。

けれども、それらを続けることで、人は本当に変わることが出来るのでしょうか?霊的に進歩・向上することが出来るのでしょうか?

残念ながら、それは無理だというのが、私の経験上からも言うことが出来る結論です。

確かに、長年、宗教教義等を学び、反省行を行い、善行や愛行に励んでいれば、心の安らぎを得ることは可能でしょうし、人格を向上させることは可能かもしれません。

しかし、それらによって変わったのは、肉体の脳によって表現されている、ごく一部の意識に過ぎません。

実際の人間の意識は、もっと巨大なもので、 肉体の表面意識が変わったくらいで、全体が霊的に進歩・向上するようなものではなかったのです。

例えば、人間には《幽体》というものがあります。

《幽体》は、私達、この世の人間の肉体と重なっている霊的身体で、肉体の死後は、この《幽体》で、《幽質界》という《死後の世界》へと向かいます。

そして、この《幽体》の中には、私達自身の、いくつもの過去世の記憶が潜在しています。

《幽体》の中には、辛く苦しく悲しい感情や恐怖の体験など、不幸な記憶が潜在していて、その記憶が、今回の人生での疑似体験等を通して蘇ってくると、表面意識に強い影響を与えて、時にはコントロール不能な程の衝動となって、人生を不幸な方向へと引きずってしまいます。

これを《霊的カルマ》と言いますが、この《幽体》に潜在された未浄化の思いを解消しない限り、私達は、霊的に進歩・向上することが出来ないのです。

そして、この《霊的カルマ》は、肉体脳で、反省行や善行や愛行に励んでも、解消することは出来ないわけです。

《契山館》では、《神伝の法》の《霊的トレーニング》によって《幽体》を鍛えることの重要性が、何度も繰り返して主張されています。

それは、《神伝の法》の《霊的トレーニング》を行うことによって、《幽体》の穢れを祓い、成長させることが出来るだけではなく、この《霊的カルマ》を解消することさえ可能になるからなのです。

私の経験を申し上げれば、私は《契山館》と出会う前に、40年近くの間、様々な宗教教義やスピリチュアル思想を学び、反省行を行い、善行・愛行の実践を心がけていました。

その結果、心の安らぎが得られ、幸福感が高まった実感はありました。

しかし、時々、コントロール不能な暗い感情や恐怖感に支配され、その前では宗教教義もスピリチュアル思想も無力でした。

ところが《契山館》に入会して、特に《神伝の法》の《霊的トレーニング》をご指導頂いてからは、コントロール不能な暗い感情や恐怖感に支配されるようなことはなくなりました。

もちろん、暗い感情や恐怖感が、全くなくなったわけではありません。しかし、十分にコントロールが可能な範囲で、それらに翻弄されることがなくなったのです。

この世に生まれてきた私達には、誰にでも《霊的カルマ》があると考えられます。そして、その《霊的カルマ》は、放置しておけば、いつ如何なるきっかけで、私達自身を翻弄し、人生を狂わすことになるか分からないのです。

私の知る限り、そのような不幸な事態を防ぐための確実な方法は、《神伝の法》の《霊的トレーニング》以外にはありません。

皆様にも、ぜひ、《神伝の法》の《霊的トレーニング》を習得して頂きたいと願っております。

なお、《神伝の法》の詳細につきましては、《水波一郎先生》著、《神伝禊(みそぎ)法》と《神伝鎮魂法》をお読み下さい。

いずれもアマゾンにおいて、kindle版(電子書籍)とペーパーバック版(紙の書籍)の購入が可能です。

byなおいー

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4 thoughts on “霊的向上と神伝の法

  1. 人間は、どこまで行ってもその時点での自分の物差しでしか他人も自分も見られません。
    良かれと思ってしたことも逆に迷惑だったと言うことも日常茶飯事です。

    私自身も未だに、悪気がないのに人を傷つけてしまいます。

    反省しても、どこかピントを外しているのかもしれません。

    「神伝の法」を重ねて行くと、そんな自分をより客観視できるようになります。

    そして、誰の心にも内在しているコントロール不能な心情、自分でも良くわからない部分の心情にメスを入れ、圧倒的なパワーで和らげてくれるような気がします。

  2. いくら善行を繰り返したりしても、人間は他の生命体を殺して生きていますからね^^;
    他の生命体どころか、餓死で死ぬ人間も多いので、その人たちの分を、自分が食べているという事は、、、、
    綺麗事には限度があると思います。

  3. 《認知的不協和》

    自分が正しいと考えていることや価値観に矛盾が生じた時に感じる不快感のこと
    不快な状況矛盾を解消しようと行動する。

    私は『水波霊魂学』の霊魂学徒になって『神伝の法』の霊的修行者として残りの人生を歩むと決めてから一度も認知的不協和を感じたことがありません。
    しかし真理や霊的法則から乖離した宗教やスピリチュアルではいずれ認知的不協和に苛まれるのでしょう。

    誰にも依存することなく自分で考え続ける。答えはその中にしか無いのかもしれません。

  4. 心理学では「深層心理」という自分では把握できない深い意識があると説明していますが、霊的トレーニングを行うまで、自分にそんな大きく深い意識があるなんて、とても思えませんでした。
    しかし実際に霊的トレーニングを行い、自分の意識が変わっていくのを体感しましたら、自分がいかに自分の奥深くに存在する衝動に大きな影響を受けながら生きているのか感じるようになりました。霊的トレーニングで変化させますと、自分の毎日の選択も変わってきました。
    こればかりは、実践・実感あるのみだと思いますので、まずは霊的トレーニング詳細を契山館各書籍でご確認いただければと思います。

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