イタリアこぼれ話(その1)「マスク」

私がイタリアで生活していたのは、1995年から2001年にかけての6年半の間でした。

その前の数年間は、短期で何度も渡伊していたので、正確には1993年から2001年にかけての8年間に、私がイタリアで体験したことの一部を、今後、不定期で投稿させて頂くつもりです。

なお、内容が現状と合致していない可能性がありますし、あくまでも私の体験に基づいた主観的なものなので、一般的・客観的な事実とは異なるかもしれない、という前提でお読み頂ければ幸いです。

さて、1回目の今回はマスクのことです。

現在(2020年10月記)は新型コロナウイルスの蔓延により、イタリアでもマスクをしている人が少なくないようです。

しかし、イタリアに限らず欧米社会では、コロナウイルスの感染拡大前には、日常生活で一般人がマスクをするという習慣が、全くありませんでした。

1993年に始めて渡伊して、ある講習会に参加した私は、喉に痰が絡んでいたので、日本に居る時のように、マスクを着けたまま、会場で着席していました。

しばらくして、講師の先生が入場されたのですが、いきなり私の方を睨んで、通訳の方と何か話し始めました。

講師の先生は「彼は何でマスクを着けてるの?彼は伝染病患者なの?」と問うておられたのでした。

その時私は、イタリアでマスクが、重篤な伝染病患者が付けるもの、と認識されていることを知りました。

それ以降、私がイタリアや、その他の欧米諸国で、人前でマスクを着けなくなったことは言うまでもありません(もし現在、イタリアへ行ったら、もちろんマスクをします)。

ただし、日本と欧米各地を結ぶ航空機内では、日本人が多かったのでマスクを着けても平気でした。

救いだったのは、イタリアでは冬でも、日本の太平洋側のように、極端に空気が乾燥することがなかったことでしょうか。

東洋人であるというだけで、攻撃的な念を向けられかねない欧米社会でのこと、当時、マスクを着けて人前に出ていたら、まだ《神伝の法》の《霊的トレーニング》と無縁であった私の幽体は、1日でボロボロになり、取り返しのつかない状況になっていたかもしれません。

話を現状に戻しますが、イタリア人などは、幼少の頃から「マスクをしている人は、恐ろしい伝染病患者だから、近寄っては駄目よ」、などと言われ続けて大人になったはずです。

ですから、自身がコロナに感染したのならともかく、予防のためにマスクをすることには、抵抗感が強い人が多いのも頷けるところではあります。

人間、長年続けてきた習慣や、定着している固定観念を捨て去ることは、容易ではありません。

しかし、この際ですから、欧米人の方にも、人前ではマスクをすることを、ぜひ、新しい生活習慣として定着させて頂きたいと思います。

同じように、全世界の方々が、無神論や固定化された宗教教義の呪縛から解き放たれて、《水波霊魂学》に心を開いて下さるよう願ってやみません。

byなおいー

 

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イタリアこぼれ話(その1)「マスク」」への3件のフィードバック

  1. マスク=病人の付ける物、という認識が多かったのでしょうかね^^;
    固定観念は自他ともに、変化しにくいどころか
    周りにまでぶつける事があるので、とても厄介ですね。

  2. 言われてみれば、習慣が違うと言うことだけで念を受けてしまうのですね。これは、外国とかマスクだけの話しではないですね・・・

    霊的な主張は色々ありますが、一つが正しければ他は全部間違うとなると、水波霊魂学の内容を受け入れられない人は大勢いますね・・・

    ところで、マスクで思い出しましたが、マスク着用が日常になった昨今、よく道端にマスクが落ちています。(^.^)

  3. 以前のイタリアでは、マスクをしただけで、伝染病患者って思われてしまうんですね( ̄□ ̄;)!!
    確かに、それだけでも念が飛ぶので、幽体を強くして傷付かないようにしなきゃいけないですね(`・ω・´)

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