死後、天国へ行くか、地獄へ行くかの基準

皆様の中には、死後、天国へ行くか地獄へ行くか、その明確な基準を知りたい、という方もおられることでしょう。

《契山館》の主宰者、《水波一郎先生》が提唱されている《水波霊魂学》では、その基準が、極めて明確に説明されています。

それは、私達の持つ《幽体》という霊的身体の健康状態なのです。

《幽体》は、この世の人間の肉体と重なっていて、肉体の死後、私達は、この《幽体》で、《幽質界》という《死後の世界》へと赴くのです。

そして、《幽体》が健全で活力があり、強い《幽体オーラ》という霊的な光を放っている《霊魂》は、同じように健全で活力がある《幽体》を所持した《霊魂》が集う、まるで天国のような《上層の幽質界》へと入ることが出来ます。 続きを読む

『霊的なお話1 武士の時代編』を再読して

《水波一郎先生》著、《霊的なお話1 武士の時代編》は、電子書籍のkindle版が先行発売されていましたが、今回、紙の書籍のペーパーバック版が発売になりました。

いずれも、アマゾンで販売されていますので、まだお読みでない方は、この機会に、ぜひ、お読み頂きますことをお勧め致します。

先日、kindle版を拝読させて頂いた際の感想は、当ブログに7月4日に掲載して頂いた、『《霊的なお話1 武士の時代編》を拝読して』を、合わせてお読み頂ければ幸いです。

今回は、本書をペーパーバック版で再読させて頂いたのを機に、改めまして、私の思いを述べさせて頂こうと思います。一部、前回と内容が重複しましたら、お許し下さい。 続きを読む

本物と出会う喜び

アマゾンで販売中の《水波一郎先生》著、《二本足の霊魂》によりますと、人間はその昔、《幽質界》と呼ばれる霊的世界の住人であったそうです。

《幽質界》では《幽質》で出来た《幽体》という霊的身体で生活していたのですが、その《幽体》は、胴体に2本ずつの手と足が付いて、その上に頭が乗り、顔には目・鼻・口が付いている、という形態ではなかったそうです。

ところが、人間の《霊魂》の一部が、ある時、物質で出来た肉体に宿り、物質界へ生まれて来るようになったようです。

物質界では、《幽体》と肉体が重なった状態で生きるわけですが、《幽体》には寿命がなく死もないのに対して、肉体は遅かれ早かれ死を迎えますので、肉体が死んだ後は、《幽体》のみで《幽質界》へと戻ることになります。

このようにして、物質界へ生まれることを選択した私達は、《幽質界》でも二本足の形態で存在するようになり、《幽質界》と物質界の間を行ったり来たりするようになったそうです。

その結果、《幽質界》では、同じ人間であっても、物質界を経験した二本足の形態の《霊魂》と、そうではない形態の《霊魂》が存在するそうです。 続きを読む

『霊的なお話1 武士の時代編』を拝読して

《水波一郎先生》著、『霊的なお話1 武士の時代編』のkindle版(電子書籍)が、アマゾンで発売されました。ペーパーバック版(紙の書籍)は、7月8日に発売予定で、現在、アマゾンで予約受付中です。

武士の時代が終わって、もう150年以上が経ちますが、当時は現代よりも、霊的な事柄が、はるかに身近であったことは間違いなさそうです。

武士の時代、人間はあまりにも小さく微力な存在で、困難な状況になれば、神仏に救いを求めるしかなかったのかもしれません。

素朴な信仰心をもって生きるのが、当たり前の時代だったのです。

そのような時代を、科学が未発達な時代として、馬鹿にしてしまうのが、私達、現代人の常なのかもしれません。

確かに科学によって、物質のことについては、分かるようになった面もあるでしょう。

しかし、物質界の科学で、非物質である霊的世界のことが、分かるはずはありません。

私達は、この150年間で、本当に進歩したのでしょうか? 続きを読む

死者が怖い?

世の中には、「死後の世界なんてない。人間、死んだら灰になって終わり。霊魂なんて馬鹿馬鹿しい」と主張される方がおられます。いわゆる唯物論と言うのか、もしかしたら無神論の一種なのかもしれません。

どれくらいの方が、そう思われているのかは分かりませんが、私の周囲にも何人かおられますから、一定数おられることは間違いないでしょう。

しかし私は、「絶対に霊魂や死後の世界など存在しない。絶対に死んだら消滅して、灰以外は残らない」との、100パーセントの確信をお持ちの方は、意外と少ないのではないか、と昔から思っています。

なぜならば、日頃「死んだら終わり。霊魂なんているはずない。今の時代、そんな非科学的なことを信じるなんて、どうかしてる」などと言っている人が、時に、死者を怖がっているとしか思えないような、言動をすることがあるからです。 続きを読む