本当のクリスマス

今日はクリスマスイブ、明日はクリスマスです。テレビや町で流れるクリスマスソングは、恋人たちを題材とした歌が殆どです。

殺伐とした現代社会の中で、一瞬でも優しい気持ちになれることはきっと良いことだと思います。

せっかく楽しい雰囲気を壊すようで申しわけないのですが、クリスマス本来の意味を考えてみるのもお奨めします。

クリスマスは、イエス・キリストの誕生祭です。 続きを読む

流行語大賞

毎年この時期になりますと、流行語大賞と言うのが騒がれます。

テレビを何となく見ておりましたら、過去のものもやっておりまして、たまたま目に付いたのが平成6年の

「同情するなら金をくれ!」でした。

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ゲーム

ゆたんぽさんの「ポケ活」の記事を見て思い出しました。

私の知り合いのゲームを良くやる人に霊的な話をすると意外に神話を知っている人が多いと感じたことがありました。どうやら、ゲームに登場するキャラが、神話の神々だったりするようです。

私の息子も良くゲームをやっています。息子も修行者ではありますが、あまり熱心ではありません。行法はかろうじてやっているようですが、霊魂学の知識は基本的な事しか知りません。それでも、自身の体験の中で、神伝の法の「力」は実感しているようです。ですが、今は物質的な楽しさを満喫しております。

そんな息子ですが、霊魂学の話をする時に神話の神々が登場すると食付いてきます。

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台風

いくつも猛烈な台風が続いています。被害を受けていらっしゃる方には、一日も早く日常生活に戻れるよう、お祈り申し上げます。

 

次の台風25号もどうやら勢力の強い台風のようですね。

前回の24号にはどれだけやられるかと思っていましたが、長野県北部は特に被害無く通り過ぎていき、特にリンゴ農家の方は安堵されていました。

その前の23号通過時は、この地方としても驚くほどの被害が出ました。こちらでも皆さん頑張って後片付けされています。

コツコツ、地道に積み上げる、長野県の県民性そのままの方々。

人として正しくまっすぐに生きることが天国への資格であるなら、長野県民の性質は、天国向きのように、他県出身の私には思えます。

自分はこれまで真面目に人生生きてきたから、地獄には落ちない、と思っているおじいちゃん、おばあちゃんが多いです。

 

ですが、水波霊魂学の観点から見ますと、現実はとても残酷です。

今この世の幽気は、あまりにも低くなってしまって、物理的に言えば、光化学スモッグで満ち満ちているような状態。ただ吸っているだけで、その人の幽体の質を下げてしまうような状態です。

幽体を鍛えなければ、この世で何を為そうと、ただ低い世界へ入ってしまいます。
人格の良さが天国への決め手なのでなく、幽体の活力の有る、無しで、死後の行先は変わってしまいます。

 

んな馬鹿な!とお思いになられた方、そのお気持ち、もっともです。

私だってそう思いますが、霊的トレーニングをすると、はっきり感じてしまいます。幽体を鍛えることの大切さを。

 

例えば、原発が爆発し、放射能汚染している空間で、世の為、人の為と活動していれば、どんなに素晴らしい信念で働かれていても、結果として肺がんになって死んでしまいます。
人間性が良いから、あの人は肺がんにならない、なんて事にはならないです。

 

それと同じで、汚い幽気の中を生きていれば、幽体の質が穢れて、幽的に質の低い世界に入ります。幽的な法則上、どうしようもないことで、そこに人間性は関係ありません。

 

その方の幽体の質に合わせて、一番適合しやすい世界に入るだけなのですが、問題なのは、現代の幽気の質がとにかく低い、という点。

神も仏も信じないこの世の風潮のせいで、高級な性質の霊魂がこの世に近づけず、人の自由意思を無視しるような霊魂ばかり集まってきているそうです。

その霊魂がもたらす低い質の幽気を受動的に吸いこみ、自然と幽気の質が下がってしまいます。

現代を普通に生きて、普通に死んだだけで、以前では入るはずもなかったような質の低い世界に入ってしまうのだそうです。そこで待ち構えているのは恐ろしく邪悪な存在達。

どんな思いをすることになるかは、こちらの書籍で確かめてください。

 

おとぎ話のように思われるでしょうか。

ですが、この世のあらゆる犯罪の質の低さは、あまりに異様に思われませんか?人の質が変わってきているように思いませんか。
それは、本当にただ、この世の流れなだけでしょうか?

 

どうか死ぬ前に、幽体を鍛えてください。
鍛えてみれば、人間の身体が肉体だけでないことがよく分かります。

 

byゆず

苦悩の原因

人生を生き抜いて行くには、不幸な出来事が絶えません。

一難去ってまた一難なら、気持ちを整理する時間もあるかもしれませんが、

一難去らずにまた一難では、そのうち心が潰れてしまうかもしれません。

そんな時は、他人の不幸に目を向けられる余裕はありません。

自分が不幸でも、他人の心配が出来る人はそうはいないのではないでしょうか。

私自身、自分の身の回りの事で精一杯の時は良くあります。

生きるのが面倒になる事もあります。

それでも自殺を選ばない限り生きて行くしかありません。

死んで終わりではありませんが。

人は予想もしない不幸な出来事に遭遇すると、「何で自分がこんな目に合わなければいけないのか?俺が、私がいったい何をしたと言うんだ?」と思ってしまいがちです。

ふと周りを見て、自分より幸せそうな人を妬ましく思うこともあるでしょう。

私も八つ当たりのようにいろいろ考えているうちに、他人と自分の置かれた状況の違いに腹が立って来ることがあります。

人の人生は、スタートラインから既に条件が違います。

初めから裕福に生まれる人、そうでない人、容姿の良し悪し、男か女か、そして生まれた国。

何かおかしいと思いませんか?そんな不公平があって良いのですか?

生まれた条件がすべて同じで、努力次第で結果が異なるのなら仕方がありません。

それでも、もって生まれた能力も違いますし、明らかに運の良い人悪い人もいます。

何故か初めから個性の違いもあります。

やはり、何かおかしいと思いませんか?その理由を知りたいと思いませんか?

すべての物事に初めがあるのであれば、この人生での苦悩を受けなければいけない最初の原因があるはずです。

その原因を知って初めて、対策が取れるのだと思います。

「二本足の霊魂」是非、この書籍を読んで下さい。

byガンリキ

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