「霊魂は居ると思いますか?」を再読して(その2)

[4月7日掲載、「霊魂は居ると思いますか?」を再読して(その1)からの続き]

第5章『霊魂が本当に居たら?』の、『4、死後の世界があったら困る?』においては、《水波一郎先生》は、次のように記しておられます。

(以下引用)
『世の中には死後の世界を頑として認めない人達が大勢います。ですが、そうした人達も、いざ、歳を取ると、急にお寺に行ったり、お経を読んだりするのです。それは、死が怖いからだと思います。』(中略)

『若い時は、辛い事があると自殺を考える人もいます。それは、人生がまだ長いからなのです。自分の人生があと少しで終わるかもしれない、そう思うと、自分が消えるという事が恐ろしくなるものです。』(中略)

『そんな怖い死であっても、死後の世界を確信していれば、それほど怖くはありません。』(中略)

『ですから、私は大勢の人達が、死後の世界を確信できるようになって欲しいのです。
(中略)
つまり、実は、死後の世界が(中略)、有ったら皆、本当は嬉しいのです。ただ、そんなものは迷信だ、と思っているから、死を恐怖するしかないのです。今は頑迷に霊魂や死後の世界を認めない人達も、いつか目覚める事を願っています。そんな人達が晩年、お経を覚えるよりも、死後の世界の本を読んでみよう、そう思える日が来ることを願っています。』
(引用終わり)

私は小さい頃から、身近な家族の死に直面したり、家庭の事情で、日常的に人の死を意識せざるを得ない環境に身を置いていました。 続きを読む

「霊魂は居ると思いますか?」を再読して(その1)

以前から、紙の書籍のペーパーバック版が出版されていた《霊魂は居ると思いますか?》が、最近、電子書籍化され、kindle版が出版されました。

kindle版は販売価格もペーパーバック版の半額程度ですし、クレジットカード等で購入後、ダウンロードすれば、パソコンやスマートフォン等で、すぐにお読み頂けます。

まだ、本書をお読みでない方は、ぜひ、この機会にお読み頂きますよう、お勧め致します。

さて、《霊魂》や《死後の世界》は、存在するとも存在しないとも、証明されてはいません。

このブログをお読みの皆様は、どのようにお考えでしょうか? 続きを読む

刑罰と幽体パラドックス

過日、ニュージーランドのクライストチャーチで極右思想を持った男による銃乱射事件が起こり50名が死亡し多数の負傷者が出た事件が発生しました。犯人は単独犯で警察に身柄を拘束されていますが犯行現場に向かう所から犯行が終わるまでの一部始終をSNSでライブ配信していました。今の霊的環境下ではさして驚くほどの事件ではないと思いますがこう言った無差別テロに近い事件が日本を含めた世界中のどこかで起こるたびにいつも考えることがあります。

銃乱射事件というと銃社会のアメリカで頻繁に起きるのでそのてん末を見ると大抵、犯人はその場で警察との銃撃戦の上で射殺されるか自殺します。日本は銃の規制が先進国の中でもトップクラスの厳しさなので銃乱射事件による大量殺人こそありませんがやはり無差別殺人はあります。 続きを読む

幽体を成長させ、幸福になろう

《幽体》とは、この世では肉体と重なっている霊的身体のことで、私達が死を迎えると、肉体から離れて、この《幽体》で《幽質界》という《死後の世界》へと入ります。

また、本稿で言う《幸福》とは、《幽質界》でも通用する《霊的な幸福》のことで、利己的な願いが叶うことでも、今さえ良ければ良いというような、刹那的なものでもありません。

この世では《幸福》だと錯覚していても、死後、《幽質界》で下層の世界へ落ちて、まるで地獄のような苦痛を味わい続けるのでは困るのです。

以上を前提に、話を進めて参ります。

この世で人間が幸福に生きられるかどうか、それは《守護霊・指導霊》などの高級な《霊魂》の指導が受けられるか、その逆に、不道徳な霊魂の干渉を受けてしまうかによる、とも言えるでしょう。 続きを読む

オーラの光で、未来を輝かせよう

私達は、肉体の他に、肉眼には見えない、《幽体》という、肉体と同形の霊的身体を所持しています。

そして、その《幽体》が健全で成長していて、活力があれば、《オーラ》という霊的な光が放たれています。《幽体》が、より健全で成長している程、《オーラ》は強い光を出すのです。

この《オーラ》は物質ではないので、肉体の意識しか表明に出ていない、この世の人間には見えません。 続きを読む