知らないと知っていると習っているの違い

肉体を所持するものは死を回避することは出来ません。この主張に関しては全ての方に100%同意して頂けるかと考えますが、問題となるのは死を全ての終着点と捉えるか(完全なる無)あるいは単なる通過点と捉えるか(新しい意識の再起動)は人の数だけ考え方や主張があると理解しています。よって同じ死後の世界があると言う考えであったとしてもこれまた人の数だけその主張や考えはマチマチです。

私を含めた契山館の会員の主張は会のホームページや水波一郎師の著書をご覧になって頂くとして本日はその100%回避出来ない。死に至るチョット前の話をしたいと思います。 続きを読む

この世の善と悪

様々な宗教教義や、その類似思想では、人間は死後、善人は天国へ行き、悪人は地獄へ落ちる、などと言われることが多いと思います。

《契山館》と出会う前は、私もそう思っていました。

実際のところは、どうなのでしょうか?

意外に思われる方も、いらっしゃるかもしれませんが、《契山館》では、この世の善悪は、死後に入る世界を決める基準ではないと主張しています。 続きを読む

「霊魂は居ると思いますか?」を再読して(その2)

[4月7日掲載、「霊魂は居ると思いますか?」を再読して(その1)からの続き]

第5章『霊魂が本当に居たら?』の、『4、死後の世界があったら困る?』においては、《水波一郎先生》は、次のように記しておられます。

(以下引用)
『世の中には死後の世界を頑として認めない人達が大勢います。ですが、そうした人達も、いざ、歳を取ると、急にお寺に行ったり、お経を読んだりするのです。それは、死が怖いからだと思います。』(中略)

『若い時は、辛い事があると自殺を考える人もいます。それは、人生がまだ長いからなのです。自分の人生があと少しで終わるかもしれない、そう思うと、自分が消えるという事が恐ろしくなるものです。』(中略)

『そんな怖い死であっても、死後の世界を確信していれば、それほど怖くはありません。』(中略)

『ですから、私は大勢の人達が、死後の世界を確信できるようになって欲しいのです。
(中略)
つまり、実は、死後の世界が(中略)、有ったら皆、本当は嬉しいのです。ただ、そんなものは迷信だ、と思っているから、死を恐怖するしかないのです。今は頑迷に霊魂や死後の世界を認めない人達も、いつか目覚める事を願っています。そんな人達が晩年、お経を覚えるよりも、死後の世界の本を読んでみよう、そう思える日が来ることを願っています。』
(引用終わり)

私は小さい頃から、身近な家族の死に直面したり、家庭の事情で、日常的に人の死を意識せざるを得ない環境に身を置いていました。 続きを読む

「霊魂は居ると思いますか?」を再読して(その1)

以前から、紙の書籍のペーパーバック版が出版されていた《霊魂は居ると思いますか?》が、最近、電子書籍化され、kindle版が出版されました。

kindle版は販売価格もペーパーバック版の半額程度ですし、クレジットカード等で購入後、ダウンロードすれば、パソコンやスマートフォン等で、すぐにお読み頂けます。

まだ、本書をお読みでない方は、ぜひ、この機会にお読み頂きますよう、お勧め致します。

さて、《霊魂》や《死後の世界》は、存在するとも存在しないとも、証明されてはいません。

このブログをお読みの皆様は、どのようにお考えでしょうか? 続きを読む

刑罰と幽体パラドックス

過日、ニュージーランドのクライストチャーチで極右思想を持った男による銃乱射事件が起こり50名が死亡し多数の負傷者が出た事件が発生しました。犯人は単独犯で警察に身柄を拘束されていますが犯行現場に向かう所から犯行が終わるまでの一部始終をSNSでライブ配信していました。今の霊的環境下ではさして驚くほどの事件ではないと思いますがこう言った無差別テロに近い事件が日本を含めた世界中のどこかで起こるたびにいつも考えることがあります。

銃乱射事件というと銃社会のアメリカで頻繁に起きるのでそのてん末を見ると大抵、犯人はその場で警察との銃撃戦の上で射殺されるか自殺します。日本は銃の規制が先進国の中でもトップクラスの厳しさなので銃乱射事件による大量殺人こそありませんがやはり無差別殺人はあります。 続きを読む