霊猫あーちゃんとの生活 #004


ー  決心  ー

「ん! オカシイぞ!!」保護猫ハウスに行って1週間、社内のグループLINEにもあーちゃんの写真とコメントを入れてとっくの昔に既読が付いているのに社長はおろか言い出しっぺのF女史も看板猫の話は一切出ない。別に私がこの話を積極的に進めているわけではないので「看板猫の件、どうなりました?」とは聞かないが私には思い当たる節がありました。「又、始まったか!」F女史の奇行です。(この部分に関しては前回の投稿をご参照ください。)この投稿は私の大好きなあーちゃんとの生活のをお話しする場所です。F女史は可哀想な邪霊の犠牲者ですが彼女のことを詳しく書いてしまうと邪霊に対しての怒りから文章内でのあーちゃんへの愛情表現がブレてしまいます。何よりあーちゃんに関連したこと以外を書くこと自体、本当に無駄だと感じます。もうこれを最後にF女史が〈霊猫あーちゃんとの生活〉に登場することはありません。後日、社長に確認したところ私が予想したとおりの答えが返って来たことだけはお伝えしておきます。 続きを読む

霊猫あーちゃんとの生活 #003

ー  なぜ、あーちゃんは霊猫?  ー

ようやくあーちゃんが登場しました。まだうちの子になる段階の話まで進んでいませんがちょっとだけ時系列を離れてなぜあーちゃんが霊猫だと考えるに至ったのかを話します。当然、あーちゃんを引取る決断をする部分にも密接に関係してくるのでちゃんと話しておきたいと考えました。そこは物理的物質的な部分と目には見えない霊的な部分の説明を分けて行いますがあーちゃんはその両方とも恐ろしく強運を持った猫だったと感じた上でのお話しをさせて下さい。 続きを読む

霊猫あーちゃんとの生活 #002

ー  今、あーちゃんに会いに行きます。 ー

保護猫ハウスのテレビニュースを見て1週間くらい経った頃の話しです。会社のF女史が私に「社長が看板猫を飼ってもいい」と言う話があったと私にしてきました。うちの会社は以前に犬(ゴールデンレトリバー)を飼っていたことがありました。ありましたと言うのは私がこの会社に入社する前の話で5年以上前のことだと聞いているからです。私は写真でしか見たことがありませんが看板犬として飼っては見たものの余りに夜鳴きが酷くて当時の社員が結果的には引き取って飼育したそうです。夜には無人になってしまう寂しさが原因だったようでそれを不憫に思い飼育を名乗り出たと言うことでした。

そんな過去の経緯も知っていましたのでまああり得る話で今度は猫か?くらいにおもい、たまたまニュースで見た新しい保護猫ハウスの話をしたところF女史がかなり乗り気な様子で色々、私に質問してきました。私はキジトラが多くいたことからそのニュースの内容を事細かく記憶していましたので場所やシステム、料金の話などを伝えました。それから間もなくF女史は保護猫ハウスに行った様です。1匹の猫が大変気に入ったとのことでした。

ブゥのこともあり私は猫が嫌いではなくむしろ猫好きに腰くらいまで浸かっていましたのでこの会社の看板猫構想は反対する理由がありませんでした。ただ保護猫ハウスを勧めた責任上、任せっきりにする訳にもいかず実際に自分で足を運んでみることにしました。保護猫ハウスは長野市街地のほぼ中央にあって割と分かりやすい場所にありました。1F はオリジナル猫グッズの販売、2F に猫と触れ会えるスペースがあり扉を3つ開けないと中には入れない作りになっていました。途中に洗面台がありそこで石鹸で手洗いをするように促がされ手洗いの後はペーパータオルで水気を取りアルコールで手指を殺菌するよう指示されました。その後、準備されている室内専用のスリッパに履き替え入室すると言う徹底ぶりでした。これは人間が持ち込んだ病原菌等を猫達に移させない為の措置だそうです。病気でブゥを亡くした私にとって感心すると共にやはりこれくらい徹底しないとダメなんだなと頭が下がる思いでした。

私は1000円を協力金として支払い施設利用料としました。別に1000円と決まっている訳ではないのですが募金と言う位置づけもありますので500円以上であればいくらでも構わないそうです。私は会社の名刺を渡し身分を明かしました。そして以前訪問したF女史が同じ会社の人間だと言うことを伝えて推薦してもらった猫を見たいと伝えると共に私の希望も話してお勧めの保護猫が居たら紹介して欲しいとお願いしました。

私の希望は

①  会社の看板猫なので不特定多数の人間に愛嬌を振り撒ける人慣れした猫

②ブゥを病気で亡くしているので病気に強い健康な猫

③夜間は会社に1匹で過ごすので孤独に強い無駄鳴きしない大人しい猫

とこんな条件を伝えました。その時に対応してくれた男性スタッフOさん(後にオーナーだと知りました)がお勧めの保護猫を指し示してくれました。その猫はF女史が気に入った猫と同じ猫でした。

それがあーちゃんです。

ここであーちゃんの此処に至るまでの猫生を伝えますね。後で知ったこともありますが分かりやすくする為に今現在分かっていることを全て書きます。

あーちゃんは元は人に飼われていた猫だったのですが子猫の時、飼い主が引っ越しするにあたり置き去りにされたそうです。その後、保健所に保護されて保健所で暮らしていました。そこにOさんが保健所であーちゃんを見つけました。物凄く人懐っこい猫でOさんに擦り寄ってきたそうです。Oさんは保護猫ハウスを作ろうする程の猫好きでしたので可愛いあーちゃんに一目惚れし引き取ることに決めました。Oさんは筋金入りの猫好きですので他にも猫を飼っていました。いわゆる多頭飼いという奴です。その中の一員としてOさんの猫達に迎え入れられます。ここで問題が発生します。あーちゃんは人間は大好きなのですが同族の猫が苦手な猫でした。多頭飼いの中であーちゃんはストレスから過食するようになってしまい。結果、あーちゃんは肥満猫になってしまいました。Oさんはあーちゃんは多頭飼いに向かない猫だと判断して里親を探すことに決めました。その時期と保護猫ハウスのオープン予定が近かった為に保護猫ハウスのオープンメンバーに入りました。当時の里親を探す保護猫は殆どの猫が5〜8ヶ月くらいの子猫だったのに対してあーちゃんだけが3〜4歳の大人猫だったのはこのような理由があったからでした。

保護猫ハウスは基本的には在籍している猫とか全て触れ会えるますが猫の方も人間相手に疲れるとバックヤードに逃げ込んでしまいます。あーちゃんはその日、触れ合いスペースにいました。今のあーちゃんのべったり具合いからは想像も出来ない程、私とは付かず離れずの距離感でした。あーちゃんがお勧めの猫の上、ブゥと同じキジトラ模様と言うこともあり注意深く観察していました。そこであーちゃんを好きになるあーちゃんの性格を垣間見る出来事を目撃しました。

あーちゃんがいて後ろに猫ちぐらが写っています。中に子猫が入っていますがこの猫ちぐらあーちゃんのお気に入りなんです。でもあーちゃん年齢も体格も親子程違う子猫を猫ちぐらから追い出そうとはせずにじっと待っていました。

これがその決定的瞬間です。あーちゃんは子猫が出てくるまでこうして待ってました。子猫が猫ちぐらから出た後、あーちゃんは入れ替わりに猫ちぐらに入り満足気に昼寝を始めました。

あーちゃんを大好きになった瞬間でした。

続く

byゆたんぽ

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霊猫あーちゃんとの生活 #001

グリーフという言葉があります。直訳すると『深い悲しみ』『悲嘆』と言う意味です。これは大切な人との死別、別離、もちろんペットとの別れにも使うことができます。死は肉体を纏って生きている以上、絶対に避けて通れません。霊魂学を学び霊的修行者として日々、自身の霊的な本性や過去世の霊的カルマと向き合っている者はおそらくグリーフケアは霊的な知識がない者と比較するとはるかに上手く処理出来るはずです。グリーフと同じ意味で使われる派生語としてアンティシパトリー グリーフと言う言葉もあります。

これは大切な人やペットがこの世から居なくなってしまうことが確実になったときにグリーフと同じ精神的なダメージを負ってしまう状態を表した言葉です。簡単に言うとまだ死んでいないのに死んだことを想像して、もう悲みに暮れてしまうと言うことです。本当に人にとっては死別と言うのは一大事なのですね。ただ霊魂学を学び実施する者はこの段階であればまだ出来ることはいくつかあります。なんとか愛する者の魂を地獄の様な下層幽界に落とさず、天国とは言わないまでも怖い想いをしない世界に行ってもらえたら自分が他界し魂(幽体)の存在になったときに望めば逢いに行けるんです。

私が強く、強く申し上げたいのは霊魂学を学んで下さい。そして〈神伝の法〉を実践して下さい。そしてその後にあなたの愛する人に霊魂学を伝えて下さい。〈神伝の法〉があることを教えてあげて下さい。今現在の霊的状況では〈神伝の法〉を学んだ者同士でしか死後再会することは絶望的です。これは真実です。あなたが下の世界に堕ちてしまった後では、全知全能の神様でさえ助けることが出来ないのです。もう都合の良い自分だけの神様に祈るのはやめましょう。

 

ブゥは本当に特別な猫でした。ブゥが死んでしまったその日から私が会社から帰って来て「ニャー ニャー」鳴いて迎えてくれる猫は居なくなりました。当たり前の話なのですがそれが不自然でなりませんでした。そしてあれだけブゥと行動を共にしていた栗頭もその日を境に全く姿を現わすことがなくなってしまいました。もう直ぐブゥが死んでから2年の月日が経ちますが栗頭はおろかブゥの母親、兄弟も含めて1度も姿を見ていません。勿論、野良猫がうちの庭に全く来ない訳ではないのですがまるでブゥの存在が最初からなかったかの様にブゥと関係があった猫達も忽然と姿を消してしまいました。後で懇意にしている獣医さんに聞いたところ伝染性が強く急速に悪化する。猫の伝染病もあるそうです。

猫の毛はとっても撫で心地がいいです。犬派の方には申し訳ありませんがどんなにシャンプーしてトリートメントをしても犬は猫の毛の触り心地に敵いません。それは毛の質が猫と犬とでは全く違うからだそうです。ブゥが死んでから猫を撫でたいと何度も思いました。ふと、あの気持ち良さを味わう為にまた猫を飼ってみようかなと考えたこともありましたがその都度、ブゥ以上の人懐っこい猫などこの世のどこにも居ないと思い自分は猫が好きだったのではなくブゥが好きだったのだと改めて感じていました。ブゥの代用品としてブゥと性格も姿形も違う猫を飼うという選択肢は全くありませんでした。

 

ー  あーちゃんとの出会い  ー

ブゥが死んでから1ヶ月以上経過し年が明けて2017年になりました。もう正月気分も抜け、世の中も通常通り動き出した頃でした。私はいつも夕食はテレビのニュースを見ながらとっています。その都度、この事件は絶対に邪霊が関与して起こした事件だの事故だのと母親に話ながら食事をするのが日課でした。実際、霊的障害や本人の過去世の心情が甦って起こしたと解釈出来そうなニュースのなんと多いことか、まあ母親も私の扱いには慣れたもので上手いこと相づちをうって合わせますから私は喋りながら食事をするのが常でした。全国ニュースを15分くらいやると今度は地方局のローカルニュースを放送します。そこでその日放送されたのが地域に新しく譲渡型保護猫カフェが出来たというニュースでした。

ここで簡単に譲渡型保護猫カフェの説明をさせて頂きます。猫カフェというのはかなり認知度が高くなっていますので分かりやすいかとおもいますが猫と触れ合いながらお茶を飲む喫茶店のことですね。時間料金だったりお茶の料金に含まれていたりと色々な形態がある様ですがこの場合は店にいる猫は完全にホストの役割です。お店の目的は猫目的のゲストからお金をもらうことでメイドカフェの猫版という感じでしょうか日本が発祥の地で猫カフェ目的の外国人観光客もいるという話ですからまさにアイデア商売ですね。

これに対して譲渡型保護猫カフェというのは猫に触れ合えるという点では同じなのですがお金を稼ぐことではなく猫の里親探しが目的です。ここで触れ合える保護猫とは人に捨てられたり事情があって飼育が難しくなった猫を保健所や直接持ち込まれるかたちで医療や飼育のサーポートをしつつ里親とのマッチングを目的とする施設です。運営費は殆どの場合、寄付やオリジナルグッズ販売で賄われています。勿論、里親にはなれない事情のひとも入場料(募金)を払えば色々な猫と触れ合えることも出来ます。

ブゥを飼う前の私なら「ふーん」程度の興味しか示さなかったでしょうが一瞬映った映像で目が釘付けになりました。[キジトラ柄の猫がいっぱい居たんです]キジトラといえばブゥと同じ模様です。ハッとしてニュースに見入ってしまいました。実を言うとこの時の映像にあーちゃんが映っていたのです。何故それが分かったのかと言うとこの保護猫ハウスの後追いニュースが後日(2〜3ヶ月後くらい)流されました。そこで今回と同じ映像が流れたのです。もうその時はあーちゃんはうちの子になっていましたからそれで分かったという訳なのです。飼い主は自分家の猫の模様は絶対に間違えませんから

あーちゃんカメラ目線で映ってました。

続く

byゆたんぽ

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霊猫あーちゃんとの生活 episode ZERO #最終話

2016年11月22日  午前9時22分  ブゥが死に             ました。

 

今から考えてみれば体調を崩していた症状があったのかもしれません。しかし明らかに具合悪さを感じさせる出来事は何度、思い出してみても心当たりがありませんでした。強いて言うなら3〜4日程前に外階段の踊り場でおそらくブゥが吐いたとおもわれる跡があったことと前日に朝帰りした際にちょっとだけ鼻水を垂らしていて風邪気味だったのかなあ?くらいでした。食事もいつも通りにたいらげ、いつも通りに甘えて来て私の布団で昼寝していました。その日は私の仕事が休みでしたので普通にブゥと一緒に過ごしていましたがブゥの異常には全く気がつきませんでした。

猫は大変に我慢強いと言われています。猫に限らず他の動物も病気で動けなくなるのは即、死を意味します。だから具合が悪くてもギリギリまで我慢してしまうそうです。私が完全室内飼いにこだわっているのはこのブゥの体調不良を見抜けなかった後悔があるからです。人間が衣食住を管理して例え姿が見えなくても探せば必ず家のどこかにいる。そういう環境下にあれば食欲、オシッコの量、便の状態、普段の生活の些細な変化を知ることが出来ます。違和感を感じたら即、獣医さんにかかることが出来ます。

ブゥは飼い始めてまだ1ヶ月で室内飼いには移行していませんでした。ブゥ用の室内トイレは購入済みでしたが使う気配もなく相変わらず外で用を足していました。2日程度帰って来ない日も有りましたが食欲は旺盛で特に変わった様子もありませんでした。しかし一旦、私の目の届かない所に行くと食べた物は吐いていたかもしれないし下痢をしていたかもしれません。何かしらの前兆はあったはずなのに全く気付くことが出来ぬままに運命の日を迎えてしまいました。

その日は11月の下旬にしては寒い日でした。夜中、トイレに起きた時に何の気なしに猫ハウスを覗きました。ブゥの姿が無かったことを覚えています。「また、夜遊びか?」そう思い布団に戻ります。栗頭と遊び歩いている、その程度にしか考えていませんでした。夜が明けいつもなら食事の催促をするブゥの姿が無いことに気が付きましたが、まだ夜遊びから戻っていないのか?しょうがない猫だなと思いつつ猫ハウスの保温シートをたくし上げます。ブゥが丸くなって寝ています。「ブゥ居るんだ? 何だお腹空いてないのか?」ブゥの呼吸で身体が上下しています。ここで始めてブゥの異変に気が付きます。ハウスの中がブゥの下痢で汚れていました。猫は決まった場所以外では大小便はしません。ブゥは自身が決めたトイレに行く体力もない程、衰弱していました。

一瞬、ギョッとしましたが、まだ私はそれほどの危機感を持ちませんでした。それはブゥが成猫でちゃんとした食事も寝場所も確保して充分に体力が有るだろうという思い込みと昨日まで全く変わらず普通に過ごしていたことから、これは一過性の体調不良でちゃんと暖かくして眠れば直ぐに元気になると、ましてたった1日足らずでそんな重篤な状態になるはずがないと今、考えれば非常に甘い楽観的な考えでしたがもっと過酷な環境で生き抜いている野良猫が多くいるのだからと様子を見ても大丈夫かなと思ってしまいました。

汚れてしまった毛布をキレイな物に変えて新しいアルミ保温シートを引き直しました。そこに使い捨てカイロをひき詰めて暖を取れるようにしました。寒い日でしたがこれで十分に暖かく過ごせそうでした。ブゥの汚れたお尻をキレイにして毛布の上に寝かすと呼吸の早さは相変わらずでしたが大人しく眠ってくれました。私は少し安堵して自分の朝食をとることにしました。会社に行く準備をしつつ今日1日様子を見て会社から戻ってきてから動物病院に連れて行くかの判断をしようなどと考えていました。

会社に向かう前にブゥの様子を見ようと猫ハウスを覗いた時でした。今でも脳裏から焼き付いて離れない光景です。ブゥがずっと鳴きながらフラフラと私に歩み寄ってきます。『置いていかないで!! 一緒にいて!!』そう聞こえました。

何故か分かりませんがハッキリと確信しました。

〈ブゥの命が尽きかけている。ブゥはその瞬間を私の手の中で迎えることを望んでいる〉

私は直ぐに猫用ケージの準備をしました。ここで直ちに動物病院に向かうという判断はまったく考えていませんでした。ブゥは自分の命の期限を知っていました。それが後、残り僅かだということも。

急いでブゥをケージに入れ助手席に置きました。直ぐに車を発進させ会社に向かいます。暖機運転も余りせずに発進したので温風が直ぐに出なかったのがもどかしかったことを覚えています。助手席に置いたケージの中からはブゥは私の顔が良く見えないらしく不安から弱々しく鳴いています。ブゥが鳴く度に「ブゥ、もう直ぐ会社に着くからね」と声を掛け続けました。会社に着くと同時にエアコンのスイッチを入れ温度設定を最高にしました。最高にしても直ぐに暖かくなる訳ではないことは知っていましたがブゥの為に直ぐに暖かくしたいと焦っていました。

その日は終日、会社の店番は私一人でした。急ぎの仕事も入っていません。会社を開く為の準備を大急ぎで行い会社にあった小型犬用のベッドを倉庫から持ってきて事務所の床に置きブゥを寝かせました。予備用の石油ストーブも着けて事務所はだいぶ暖かくなってきました。ブゥの体を左手で撫でながら奇跡が起こることを祈りました。ブゥは丸くなって寝ていますが呼吸は荒くなっています。「ブゥ 頑張れ」もうそんな言葉くらいしか掛けられません。

最期の瞬間がやって来ました。

ブゥの軀が小刻みに痙攣し始めました。ブゥは最後の力を振り絞り頭を持ち上げその大きな瞳で私の顔を見て鳴きます。その直後でした。ブゥの見開らかれた瞳から【生の光】がロウソクの炎を吹き消すが如く消えたのです。

私はその瞬間、スイッチが入った如く泣きました。つらいとか悲しいとか切ないではなくただただスイッチが入って号泣しました。鳴咽が激しく呼吸するのもままならない状態でした。

霊魂学を学ぶ者として肉体の死は単なる通過点に過ぎないと理解していたはずなのに涙を止められませんでした。

その時の状況を記したメモがありました。

「11/22 AM9:22 会社の事務所にて体を撫でられながら逝く最期に1回鳴き余り苦しまなかった享年九ヶ月」

byゆたんぽ