「念」

先日、知り合いの会員でない方と「念」について話をしてみましたところ、「念」と言うと「念力」のイメージの方が強いようです。

何やら強く念じ、スプーンを曲げたり、物を動かしたりすることを連想するようです。

 

日常で、人を恨んだり、腹が立った強い思いの時に「念」が出て、それが相手の幽体に刺さったり傷を付けたりするという考え方は、やはり馴染みがないようです。

「念」は人の幽体を傷つけます。ですが、いつどのように出たのか分からないので、対処しにくいようです。

強い「念」は例えるならピストルの弾のようなのだそうです。そして、それは目の前の相手に直撃することもあるようです。

 

「念」の特徴として、恨む相手がそばに居ない時は、近くの人に当たってしまうこともあるようです。

何か悔しかったことを思い出し、強い感情が込み上げた時に自分のそばに居た人にたまたま当たってしまうこともあるのです。

それは他人かもしれませんし、自分にとって大事な人かもしれません。

可愛いペットに刺さっているかもしれません。

 

「念」は一度出てしまったら、自分でコントロールできない性質のようです。

更に怖いのは、その「念」を不道徳な霊魂が悪用する事があるらしいのです。

どういった仕組か分かりませんが、離れた所にいる人に対して、殺したい程の「念」を、相手にまで運び、幽体に当てる技術を持った不道徳な霊魂もいるようです。

 

所謂「呪い」がそうです。

人を呪わば穴二つ。

「呪い」は、呪った方も呪われた方も、地獄行きです。

何故ならば「念」は幽体を傷つけ、不調をもたらします。

呪った「念」は返されることもあるからです。

 

水波霊魂学では、幽体が健全か不健全かで死後の行き先が決まってしまうと主張しています。

世間一般で言う、生前の善悪は関係ないのです。

単純に法則で行き先が決まるので、この世に法則があるように、あの世にも法則があったのです。

 

生きている時の肉体にも、幽体の不調は影響が出ることもあるようです。

原因が分からない病気は、もしかしたら幽的な理由があるかもしれません。

 

足が速いと自慢の息子が、運動会のリレーで転んでしまったのは、応援に熱くなりすぎたあなたの「念」のせいかもしれません。

今朝から治らない片頭痛は、、内緒でブランドのバックを買うために貯めておいた「へそくり」が日頃「小遣いが少ない」と文句の多い旦那にバレた、怒りの「念」のせいかもしれません。

幽体が不調になるのは「念」のせいだけではありません。幽体が栄養としている「幽気」の質も大きく関わってきますが、ここでは、「念」を取り上げています。

 

「念」は、私たち誰でも日常的に出していて、それが自分に刺さったり、他人を刺したりしているようです。

ですので、誰でも一生のうちに何度も念の影響を受けていますし、避けることが出来ないようです。

 

では、対策はあるのでしょうか?

あります。

「念」を避けることが出来ないのであれば、受けても大丈夫な幽体にすれば良いようです。

格闘家の様に、打撃に耐えられるくらいの身体にすれば良いのです。防弾チョッキならぬ、霊的な防念チョッキを身に纏えば良いのです。

それが契山館が世の中にアピールし続けている「神伝の法」のひとつ「神伝鎮魂法」です。

もちろん「神伝鎮魂法」の本来の目的は、もっと深いのですが。

 

目に見えないから分らないですが、現代は霊的に劣悪な環境です。

空気と共に吸い込む幽気はまるで排気ガス。まさに未発達な霊魂や邪霊が排気しているのです。

「念」は乱射のごとく飛び交い、避ける術もありません。

そんな現代人のために「神伝鎮魂法」は降ろされました。

 

「神伝の法」は老若男女誰でもできます。

忙しい現代人のための「霊的トレーニング」です。

長い時間も取られません。

 

まずは、書籍「神伝鎮魂法」を読んでみてください。

by ガンリキ

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「修行」のイメージ

修行と言うと、未だに難行苦行の印象が強いのではないでしょうか。

確かに、色々な意味で修行と言うと、心身ともに自分を追い詰め、そこから何かを掴み取るものなのかもしれません。

そういった意味では、修行法としての「神伝の法」もそうそう甘いものではありません。

個人的には、「霊的トレーニング」と言うより修行法と言った方が好きですが、やはり宗教色が強くなり受け入れにくくなるのかもしれません。

先日、「神伝の法」について人に話す機会がありましたが、やはり修行のイメージは難行苦行でした。

昔と違い、現代はインターネットで様々な情報が得られます。インターネットを活用しない人でも、本や雑誌で情報を得られます。

その両方を活用しない人もまだまだ大勢いると思います。霊的な事に興味があっても活字を読むことすら嫌いな人も大勢いると思います。

「神伝の法」は未だ有名ではないので、修行と言うと難行苦行というイメージになってしまうのは仕方ない事なのかもしれません。

そんな中、人に話す機会があれば、何とか修行のイメージを変えるために、なるべく「霊的トレーニング」と言う言葉を使うようにします。

そうじゃなくても、社会人は普通にストレスを抱え、精神的に追い込まれている方も多いと思うので、難行苦行では現代人からは縁の遠いものになってしまいますし、修行をしなければ救われないとすれば、現代人のほとんどの人が救われないということになってしまいます。

 

なので、「神伝の法」は、忙しい現代人のための霊的トレーニングだという説明をします。

時間的には短いものなら10分程度ですし、食事制限もなければ厳しい戒律みたいなものはありません。

 

普段の生活の中で取れる、少しの時間で続けていけます。

それでも、確実に人間を霊的進歩向上へと導いてくれます。

 

ではありますが、どうしても一度は合宿形式の研修を受けないと家に持ち帰ることは出来ません。

今後は日帰り研修もあるとのことですが、基本的に本やインターネットなどで習えるものではないのです。

霊的なトレーニングとは、神霊の御意志を受けた高貴な霊魂の指導の下で行うものなので、特別な霊的空間の中で指導を受けなければならない性質のものだからです。

ですが、それさえクリアしてしまえば、後は生活の中に組み込めば良いだけなのです。

・・・・・・・

という説明を加えると、またまた一線置かれてしまいます。

どうすれば「神伝の法」がもっと人々に受け入れられるのか悩んでしまう今日この頃でした。

 

「これしか救いがないのに・・・」

 

byガンリキ

 

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神伝禊法初伝合宿から1ヶ月

8月に《神伝禊法初伝合宿》に初参加してから、1ヶ月が経ちましたので、現時点での感想を述べさせて頂きます。

合宿からの帰宅後は、毎日2回ずつ、《水の禊》を続けていますが、1ヶ月経っても、合宿中の感動は全く薄れていません。むしろ、感動が深まりつつあるようにも感じられます。

私の場合、通常、どんなに感動的な体験をしても、その感動は数日後から薄れ始め、1ヶ月も経てば、完全に過去の記憶の中のものになって、実感を失います。

でも、合宿の感動が、この、通常の物質界の中での感動と、あまりにも違うのに驚いています。

まさに、次元の違う感動だと言えます。

更に、自己認識としては、合宿前と合宿後では、精神的な状態のレベルが、全く違ったようです。

たとえて言えば、合宿前に、年間数回、それも、1回数分程度しか持続しなかったような良好な精神状態、それをも上回る状態が、毎日、持続しているような感じです。

「心が透明になったような」とか、「意識の視界が広がったような」とか、「フィルターの目詰まりが解消したような」とか・・・言葉を尽くしても、とても表現し切れません。

合宿直後に抱いた感想も、私の予想を遥かに超えたものでしたが、現時点、1ヶ月後に感じている感想も、私の予想を、大きく超えたものです。

とにかく《神伝の法》は、人間の頭脳が作成したものではないと断言出来ます。

神霊の事は、あまりにも距離が遠過ぎて想像出来ませんが、人間よりも、ずっとずっと高貴な存在から、与えて頂いたトレーニング法であること以外、考えられません。

今までずっと、よくも《神伝の法》を知らずに、生きて来られたものだと思います。

まるで、《神伝の法》を知る前の私は、今の私からしたら、目隠しや耳栓をして生きていたようなものです。

それくらいの、いや、それ以上の違いがあります。

《契山館》への入会を迷っておられる方、また、会員でも、合宿への参加をためらっておられる方には、万難を排して、次回の《神伝禊法初伝合宿》への参加をお勧め致します。

それだけの、いや、それ以上の価値があります。

この《神伝の法》の時代の日本に生まれて、《神伝の法》に出会わずして、何のための人生でしょうか?

この世において、《神伝の法》に勝る価値を有するものを、私は知りません。

さあ、あなた様も、今こそ、《神伝の法》の無限の価値を、ご体験下さい。

水波一郎先生著「神伝禊法」は、
紙の書籍のペーパーバック版と、
電子書籍のkindle版が、
いずれもアマゾンで、販売されています。

ご購入方法がご不明な場合は、このページ下部のリンク先から、契山館各支部、分会、
または、契山館広報部HPまで、お問い合わせ下さい。

byなおいー

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お風呂のススメ

夏仕事が終わったので、遅い夏休みをとって帰省してきました。

久しぶりに群馬支部以外の支部集会に参加させていただいて、瞑想の時間や会員の方々のお話に、刺激をいっぱい頂きました。

終わってから会員さんと女子(?)トークに花を咲かせたり、学生時代の友人と数年ぶりの再会もあったりして、良い夏休みでした。

楽しい時間ではありましたが、その数日間を過ごしたのが霊的にちょっと問題のある実家なもので、諸事情で禊法が全くできず、帰宅時の車内では、早く帰って水行がしたい!!の気持ちでいっぱいになりました。

自分に厚めのビニールが張り付いているような、なんともいえない圧迫感があり、
ああ、私、禊法をしていなかった頃、ホントよく生きてたよなぁ~(;´Д`)と改めて霊的トレーニングの凄さを感じました。

帰宅し、一通りトレーニングをしたら落ち着きましたが、いやはや、です。

 

さて、お風呂に数日入れない気持ち悪さは、どんな方でもよく分かりますよね。

数日なら耐えられても、例えば夏場に一か月お風呂に入れないなんてなると、さすがに自分の身体の汚さに耐えられません。
それは、お風呂に入って綺麗になった状態を誰でもよく知っているからともいえましょう。

さて、幽体です。

肉体を放っておけば、いつの間にか汚れてしまうように、幽体も人の念や低い幽気、様々な要因で毎日汚れてしまいます。
幽的な汚れは、幽的なお風呂・シャワーにあたるものに入らなくてはとれません。

そんな汚れなんて分からないわよ~~と、今思われた方。
そうですね、肉体と違って、何しろ幽体は目では見えません。
そんな身体が汚れたって、分かりっこないはずなのですが、
意外や意外、幽体は肉体と重なっている身体なものですから、実はなんとなーくでも感じていたりはするものなんですよ。

疲れるような事はしていないのに、なんとなく体が重いなぁ、とか、心が妙に沈むなぁ、とか。肉体の病気の背景に、幽的な原因があることもあるそうです。

 

さて、幽的なお風呂やシャワーに当たるものが、神伝禊法初伝、水行です。
行いますと、幽体がそれまでとは比べものにならない程、綺麗になります。
そのビフォーアフターを体感しますと、幽体を綺麗にすることがどれだけ大切か、よく分かります。

まず、精神状態が良くなります。

人には過去世という、何度も地上に生まれてきた歴史があり、その人生で抱えた衝動に影響を受けながら生きていますが、その衝動を和らげ、意識を落ち着かせる効果があります。

カルマで狭まっていた人生の視野が広がります。人生でこれまでできなかった選択がとれるようになったりします。

人生の苦痛で生きる気力を失くしてしまった人には、生きる気力を取り戻させてくれます。絶望の涙を、拭いさってくれます。

新しい人生を与えてくれます。

また、幽体の汚れをとると、肉体も影響を受け、疲れが抜けたりします。肉体が元気になる、肌が綺麗になる、なんてご意見もありますね。

すーっと澄み渡る清々しさ。心の中が静かに落ち着いていく感覚。目の前が開ける感じ。
そんな世界を与えてくれる、日々ストレスと戦っている現代人には必須の行法です。

 

合宿で霊的トレーニングの素晴らしさを体感した会員は、もういてもたってもいられません。とにかく薦めたくて仕方なくなるのですが、とりあえずアツイ気持ちを、毎日のお風呂で例えてみます。

もし貴方の目の前に、湯船に入ったことのない人、夏場のシャワーの気持ちよさを感じたことのない人がいたら、貴方はなんとおっしゃるでしょう。

絶対気持ちいいから入りなよ、すっきりするよ!

そう言いたくなりませんか?

私達会員は、言わば、そんな気持ちなのです。物質的なお風呂は勿論必要だけれど、幽的なお風呂は今、この瞬間も、死んだ後も、ずっと影響が続くんです。
だから、私達は薦めたい。

幽的なお風呂の気持ち良さ、素晴らしさ、知ってしまった身としましては、宣伝隊として、大きな声で叫びたい。

神伝禊法、知らないなんてあんまりにももったいないですよ。
人生を生きていくための最高の技です。ぜひやってみて!

ご存じない皆様、是非この書籍からどうぞ。
kindle版↓ スマホで読めますよ。

byゆず

《神伝禊法初伝合宿》に参加して

先日、行われました《神伝禊法初伝合宿》に初参加させて頂きました。

実は、先月の群馬支部の集会で、ブログ担当の方から、「初伝合宿の感想を投稿して下さい」とのお話を頂き、私は「分かりました」とお返事致しました。

ですから、そのお約束を果たさなければならないのですが、正直な話、何とお伝えすれば良いのか困惑しています。

なぜならば、今回の合宿の素晴らしさと凄さと、その感動を言い表せるような言葉を、私は一つも持ち合わせていないからです。

合宿に参加されたご経験がおありの方には、お分かり頂けるでしょうが、残念ながら、参加のご経験がない方に、お伝えするのは無理です。

ご自身で体験し、実感して頂くしかありません。

次回、万難を排してでも、ご参加頂く価値があります。いや、それ以上です。

人間が関われるもので、これ以上のものは、どこにも存在しないでしょう。

これは、私の私見ですが、あの高貴な空間に、私のような初参加の者が、何時間も入っていて耐えられるのは、肉体があるお陰で、幽体の存在になったら、高貴すぎて、一瞬入るのも不可能な空間なのではないでしょうか。

ですから、幽質界へ行ったら、絶対に経験出来ない、貴重過ぎる経験でしょう。

昨年の4月から1年4ヶ月、本格的な《神伝の法》を習得する前の会員のための行法を続け、《支部集会》にも、毎月、複数回参加してきました。

それだけでも、私は、十分、満足していたつもりでした。

でもやはり、本格的な《神伝の法》である《神伝禊法初伝合宿》は、別次元の凄さでした。私の想像を遥かに越えたものでした。

まさに《神伝の法》を、物質界に降ろして頂けたことが、《現代の奇跡》ですね。いや、《人類史上最高の奇跡》と言うべきでしょう。

このような奇跡的な時代と、時を同じくして、物質界に生まれることが出来たとは、私達は、何たる幸運に恵まれているのでしょうか。

この《人類史上最高の至宝》を、とにかく伝えなければならない、広めなければならない、後世にも確実に残さなければならない。

一人でも多くの方に、行って頂くしかない。

そのような決意を新たにしました。

尚、合宿等で何かを感じても感じなくても、それは表面的な意識の問題に過ぎず、幽体の意識が感じていることに変わりはないようです。

あくまでも、私の個人的な感想と、ご理解頂ければ幸いです。

水波一郎先生著「神伝禊法」は、
紙の書籍のペーパーバック版と、
電子書籍のkindle版が、
いずれもアマゾンで、販売されています。

ご購入方法がご不明な場合は、このページ下部のリンク先から、契山館各支部、分会、
または、契山館広報部HPまで、お問い合わせ下さい。

byなおいー

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