契山館との出会い

今回は、私の契山館への入会前後のお話です。

入会や集会の見学をお考えの方や、入会されたばかりの方の、ご参考になれば幸いです。

(1)契山館と出会うまで

私が契山館と出会うには、かなりの年数がかかりました。

私が初めて「死」ということを意識したのは4歳の時で、身近な人の死がきっかけでした。

「死んだらどうなるのだろう?」「自分がなくなるのだろうか?」「自分がなくなるってどういうこと?」などと、幼い頭で考えていたような気がします。幼かったためか、あまり恐怖感はありませんでした。

その後、幼稚園、小学校、中学校と進んでいくわけですが、人の死というものを、頻繁に意識することが多い環境に身を置いたこともあり、「死んだらどうなるのだろうか?」との思いが頭を離れることはありませんでした。

それは徐々に、「死後の世界はあるのか、ないのか?」との疑問へと変わっていきました。

中学生の頃には、「死ぬことによって数十年で自分が消滅するのなら、何のために苦労して勉強などする必要があるんだろう?頑張って成長するなんて無意味じゃないか!全員、死刑判決を受けている死刑囚も同然なのに、皆、よくも平気で日常生活が送れるものだ。」などと考えていました。

当然、生きる意欲も湧かず、勉強にも全く身が入らずで、暗い青春時代を送っていました。

高校生くらいになると、大人向けの書籍が読めるようになったので、興味を持った宗教書を読み漁るようになりました。

その間、水波先生のご著書が商業出版されていた時期があったはずなのですが、残念ながら気付くことが出来ませんでした。

それから約30年、2010年頃までの間に、私は、いくつかの宗教団体や神秘団体と関係を持ちました。

今から思うと、霊的にとんでもないことを、やってしまったこともあって、よく無事でいられたものです。いや、よく最悪の事態に陥らなくて済んだものだ、と言うのが正確でしょう。

ただ、関わった宗教等の、全てが悪かったのかというと、そうではなかったと思います。

宗教的な理論を学んで、心が楽になった面はありましたし、霊魂も死後の世界も存在すると思えるようになっていました。

いわゆる唯物論や無神論に染まるよりは、良かったと思います。

でも、時々、自身の内面から湧き出てくる、得体のしれないネガティブな感情に支配されてしまい、制御不能に陥ってしまうことがありました。

私の知る限り、長年、とても熱心に宗教理論を学んでおられる方でも、同様な悩みを抱えている方が多いようです。

当時、私は、まだ学びが足りない、もっともっと勉強しなければ、と思っていました。

でも、契山館と出会って分かったことですが、肉体脳の表面意識で、いくら理論を覚えても、それは肉体意識の中だけのことで、それによって、幽体(死後の世界で表面に出る霊的な身体。物質世界では肉体と重なっていて、肉眼では見えない)や潜在意識のネガティブな感情をコントロールすることなど、できなかったのです。

やはり、幽体を鍛え、幽体の意識を変えなくては、人間は変わることができなかったのです。

(2)入会

2010年頃の私は、数多くの宗教団体や神秘団体に失望し、もう地上に師はおられないだろうと諦めていました。

でも、真実を求めたいという思いは萎えていませんでしたので、これはもう、独自に答えを求めるしかないと、とんでもないことを考えていました。

もちろん、そのようなことが可能なわけはなく、まるで出口の見えない暗黒の回廊を、グルグルと回り続けているようでした。

そんな中、2016年の暮れ頃だったでしょうか、なぜか「龍」という存在に興味を持つようになりました。

それまでは、何となく龍という存在とは距離を置くべきだと思っていたので、自分でも意外でした。

そして、ついにアマゾンで「龍」というご著書を出版されている水波一郎先生の存在を知りました。

早速、ホームページの一部も拝読したのですが、正直なところ、それまで関わった宗教や、神秘団体の主張との違いに驚きました。違いが衝撃過ぎて、すぐには肯定できませんでした。それについては、いずれ詳述できればと思います。

でも、それから1か月近く経った2017年の1月下旬、やはり、どうしても水波先生の「龍」が気になりまして、アマゾンで購入しました。

読み始めたら、引き込まれてしまって中断できなくなり、その日のうちに読破しました。

不思議な感覚でした。難しくて理解が出来ない箇所も多かったのです。でも、今まで読んできた、どの宗教書とも何かが違うのです。

これはと思って調べてみると、当時、すでに20冊近いご著書がアマゾンから出版されていました。

もっと、この方のご著書を拝読したいとの思いを抑えがたくなった私は、結局、数回に分けて全冊を購入し、ほぼ一日一冊のペースで拝読し、全冊読み終えた2月中旬には入会を決意していました。

早速入会手続きをしようと思ったのですが、入会案内で、あと半月待って3月になってから申し込めば、会費が4月の新年度分からで良いと知り、その打算的な肉体脳のアドバイスに従って(笑)、3月に入ってすぐ、まずは一般会員として申し込みをしたのです。

(3)入会後

2017年3月下旬に、会員証と基礎行という行法が解説された冊子が届きました。

基礎行は早速その日の晩から始めて、現在まで、一日に平均2回、一日も休まずに続けています。

でも、最初の頃は、形としてこなしているだけで、実感としてはよく分かりませんでした。

変わったきっかけは、後でも述べますが、約半月後に、支部集会に参加して、先輩会員の方から、基礎行の作法のご指導を受けてからだったと思います。

ですから、私の経験で申し上げられるのは、基礎行の冊子を受け取られたら、できるだけ早く、群馬、東京、千葉、名古屋、静岡、大阪、福岡で行われている支部集会(分会集会も含む)へご参加いただき、先輩会員のご指導をお受けになるようお勧めいたします。

さて、4月になりまして、正式な会員となりました私は、早速ご本部に守護霊調査、指導霊調査、過去世調査、霊的調査、ならびに霊的調査に基づく霊術をお願いしました。

その内容は、今回は控えさせていただきますが、守護霊、指導霊、過去世の調査は、私自身と照らして、なるほどと納得させられました。霊的調査は、その後、半年に一度のペースでお願いしています。

そして、前述のように、4月の下旬、私は初めて支部集会に参加することができました。

初めての時は、やはり少し緊張しましたが、先輩会員の皆様が暖かく迎えて下さいました。

この年の4月には、結局、4箇所の支部集会に参加させていただいたのですが、2箇所目の集会に参加した時には、この会で本格的な霊的修行がしたいとの思いが強まり、早速、ご本部へ修行会員への変更をお願いしました。

支部集会へは、その後も、できるだけ多く参加するようにしています。

本当に素晴らしい空間です。どのように素晴らしいのか、ご説明したいのですが、その言葉が見つかりません。

私が今まで求め続けてきて、得られなかった何かがそこにはあります。

この空間を求めて私は生きてきました。

今は、この空間に入るために、生きているような気がします。

まだ、入会しておられない方も、見学が可能ですので、ぜひ、見学をお申込みいただき、支部集会へお越し下さい。

こちらから質問すれば、皆様、丁寧に答えて下さいますが、過度な干渉や、ましてや強引な勧誘とは無縁の団体です。一般的な宗教に対するイメージをお持ちだと、拍子抜けされるかもしれません。

寄付を強要されることもありませんし、退会も自由です。

集会への参加も、水波先生のご著書の購入も、基礎行を行うのも、私が素晴らしいと思うからお勧めしたり、話題にしているだけで、誰からも強要されません。

どうぞ、神伝の法の契山館へ、安心してお問い合わせ、また、お越しいただければ幸いです。

byなおいー

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契山館との出会い」への5件のフィードバック

  1. 僕も初めて先生の本を読んだ時は衝撃的でしたよ~!(*´艸`*)
    なんか、今までのものとは全く違うし、でも、どう考えても正しいんですよね。
    これを探していた!!って思って、
    それから、ほとんど眠らずに夢中になってホームページを隅から隅まで読みましたよ~(´∀`人)

  2. 私の場合は、「契山館」と出会うまで、本当に時間がかかってしまいました。求め始めてから、約40年ですから、もしかしたら最長記録でしょうか。

    私のように40年かかって、たどり着く者もおりますので、今は無縁に思える方でも、どなたにも絶対チャンスがあると信じています。

    「龍」を拝読した時にも、私に分かったことは、今までに読んだ、どの書籍とも違うということだけで、すぐに信用は出来ませんでした。

    とにかく、今まで偽物に騙され続けてきたので、相当、疑り深くなっていたと思います。

    入会するまでに、全ての書籍を読んだと申し上げると、熱心だと思って下さるかもしれませんが、実際には、全冊拝読するまで、入会の決心がつかなかったのです。

    最初から、修行会員にならなかったのも、確信が持てなかったからで、支部集会に参加してみて、偽物だと分かったら、辞めればよいとの思いがあったと思います。

    そして、2017年の4月、私は初めての集会に参加しました。受付を済ませて、椅子に座り心を落ち着かせた途端、「こっ、これは本物だ」と確信しました。
    長年、私が求めていた世界が、そこにあったのです。

    ちなみに、支部集会の見学にいらしたり、入会後に支部集会に参加された時に、何かをお感じになっても、お感じにならなくても、それは肉体の脳内のことで、どちらでも、変わりありません。

    肉体意識が感知しなくても、幽体意識は感激して感涙にむせいでいることに、変わりはないはずです。

    思えば、私が龍に興味を持ち始めて、検索し「龍」に出会えてから、入会、支部集会への参加までの流れを振り返ると、とても私一人の力によるものだとは思えません。

    何とか私を「契山館」「神伝の法」へ導こうとされた、「守護霊」・「指導霊」・「補助霊」の方々の、ご尽力の賜物だと確信しています。

    ずっと、何年も何十年も、あの時のあの機会を待っておられたのですね。

    そのご尽力のお陰で、私の「幽体」は救われました。

    私が、自由意思で「神伝の法」を手放さない限り、もう、私の「幽体」は大丈夫でしょう。

    今の時代、確実に「幽体」を救える方法は、「神伝の法」しかないと言えます。

    皆様が、今、このブログを読んでおられるのも、きっと皆様の「守護霊」・「指導霊」・「補助霊」の方々のご尽力のお陰です。

    目には見えなくても、皆様の周囲では、何名・何十名もの方々が、皆様の「幽体」を救い、皆様を本当の幸福への道へ誘おうと、働きかけておられます。

    ぜひ、ぜひ、このチャンスを逃さず、「契山館」の門をお叩き下さい。

  3. なおいーさんの「今まで偽物に騙され続けてきたので、相当、疑り深くなっていたと思います。」でふと思ったのですが。

    世の人の宗教嫌いは教育的な偏向の影響もありますが
    過去世などにおける
    失意やダマされた感が衝動的に浮き上がってくるのもあるのかも
    とは思いました。
    宗教には、良い面として
    神、神々、高貴な存在を思うと何かが満ちてくる体験
    生死を超えた世界の説明などのある反面
    悪い面として
    ホンモノにめぐりあえずに絶望、あるいはダマされた、という失意
    精神論的な教訓の押しつけ(不自由さ)
    がありますので。
    しかし、そうなると
    良い面の感情は浮いてこないのか…との疑問もでてくるのですが
    あ、そうですね。良い霊的環境にないから
    そういう感覚が浮かび上がってくる機会がないんですよね。
    やはり、支部集会という場面はとても重要だと言うことです。

  4. 石枩子さん

    コメントを、ありがとうございます。

    私の場合、書籍を読んで感動して入会したら、内情が全く違ったというパターンが多かったですね。

    たとえば、創始者が残した書籍の内容を、現信者が、誰も信じていなかったり、主宰者が自分で書いた内容を、信じていないところさえありました。

    あと、会員数が少なかった時は、真面目な団体だったのに、会員数が増えて宗教法人化した途端に、狂ったように強引な勧誘と、執拗な寄付の半強要を始めた所もありました。

    「契山館」の場合も、私は書籍から入ったわけですが、最初は、今までの、どことも違う、ということしか分かりませんでした。

    分からないのに、なぜか読むのを止められなくなってしまったのです。

    では、水波師のご著書は、他の書籍と何が違ったのか?

    それは真実しか書かれていない点だと、今は思っています。

    それまでに私が読んだ書籍は、商業出版でしたから、やはり、売るために、更に、入会させるために、甘い言葉で釣っているんですね。

    それに気付けず、釣られてしまったわけです。

    「契山館」には、書籍と実態のギャップがないです。

    書籍そのままの世界が、支部集会にある感じです。

    その素晴らしさを、表現する言葉が見つからず、残念です。どんな言葉を使っても、嘘になりそうなのです。

    私のように、今までに、様々な宗教や、その類似団体に失望してこられた方も、ぜひ、「契山館」へお越し下さい。

    「契山館」は本物です。私の40年間求め続けた経験を、信じて頂ければ幸いです。

  5. なおいーさん、いつもご投稿を有難うございます。
    >この空間を求めて私は生きてきました。
    >今は、この空間に入るために、生きているような気がします。
    実感と喜びに満ちたお言葉で、読んでいる私も胸が熱くなりました。

    支部集会は、参加者一人一人に、何よりも大切な霊的な成長を与えて下さり、
    今、この瞬間も、死後続く長い時間も輝かせてくださる、大切な場所ですよね。
    これからも集会の場で、よろしくお願いいたします。

    石枩子さん
    >良い霊的環境にないから
    >そういう感覚が浮かび上がってくる機会がないんですよね。

    この地上に生まれてくること自体、マイナスにしかならないとは、
    なんとも悲しいですね。

    一人でも多くの方が、各地の集会にご参加いただけますよう、願ってやみません。

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