善いことをすれば、天国へ行かれる?

皆様も、「善いことをすれば、死後、天国へ行かれる」というような話を、お聞きになったことがおありでしょう。

これは、本当なのでしょうか?

ここでは、人間は肉体の死後、《霊魂》となって《死後の世界》へ入り、そこには天国のような幸せな世界も、地獄のような苦しみの世界も存在する、という前提の元に、述べてみたいと思います。

結論から申し上げますと、「善いことをすれば、死後、天国へ行かれる」というのは、正しくありません。

私も、《契山館》を知るまでは、「善いことをすれば、死後、天国へ行かれる」と思っていたので、最初は驚きました。

多くの宗教には、「善いことをすれば、死後、天国へ行かれる」というような教えがあります。

いったい、どういうことなのでしょうか?

もちろん、「善いことをしたら、天国へ行かれない」ということではありません。

また、善いことを行うことを、否定するわけではありません。

善いこととは、他の方や社会の幸福のために、自らを役立てて貢献しようとすることですから、素晴らしいことだと言えるでしょう。

ただ、善いことをすることは、天国へ入るために必要な条件ではないのです。

言い換えれば、この世の人間が定めた善悪の基準によって、天国へ入れるかどうかが決まるわけではなかったのです。

善悪の基準は、この世の人間が定めたものですから、時代や地域や宗教によっても、その基準が異なるものです。

ある時代ある地域では善とされた行為が、別の時代、別の地域では悪とされる、等ということはよくあることです。

そのような不確実な基準で、天国に入れるかどうかが、決まるわけはないのでした。

何よりも、天国はこの世にはなく、霊的な世界にあるのですから、天国に入れるかどうかは、この世の基準ではなく、霊的な世界の基準によって決まることになるのです。

それでは、霊的世界の基準はどうなっているのでしょうか?

その答えを、霊的世界の高級霊魂の方々が、《水波一郎先生》を通して、教えて下さっています。

《幽質界》という《死後の世界》で、天国に入れるかどうかを決めるのは、《物質界》と呼ばれるこの世では、肉体と重なって存在している、《幽体》という名の霊的身体の健康状態なのでした。

天国へ入るためには、《幽体》が活力に満たされ、健康状態が良好で、十分に成長している必要があるのです。

現代は、私達を取り巻く霊的な環境が悪化しているので、特別な対策を取らないと、私達の《幽体》は活力を失ったり、傷だらけになって、健康状態が悪化してしまうのです。

ですから、善いことを行うことは、物質界においては素晴らしいことですが、どんなに善人でも、《幽体》の健康状態が悪ければ、天国には入れません。

では、その《幽体》の活力を高め、健康状態を良好にするには、どうすれば良いのでしょうか?

それは《神伝の法》という霊的トレーニング法を、この物質界にいる間に、行っておくことです。

《神伝の法》は神霊という神の如き存在が、人類のために降ろして下さった、特別なトレーニング法です。

この《神伝の法》のトレーニングを毎日行えば、私達の《幽体》の活力は高まり、健康状態が良好になるのは確実で、死後は必然的に天国のような、幸せに満ちた世界へ、入れることになります。

どうか、今こそ、《神伝の法》の実習をお始め頂き、《死後まで続く幸福》への道にお入り下さい。

それが、あなた様ご自身を救い、あなた様の大切な方々を救い、更には、全ての人類を救うことに繋がるのです。

尚、水波霊魂学では、必ずしも今回私が使用したような意味で、「天国」とか「地獄」という用語を使用してはいませんが、話の分かり易さを優先させたため、一般的にイメージされる意味合いで、それらの用語を使用しているとご理解頂ければ幸いです。

byなおいー

♬♪ お近くの支部集会へ、ご見学に来ませんか? ♪♬

☆✉  メールフォーム  ✉☆

 

善いことをすれば、天国へ行かれる?」への5件のフィードバック

  1. この世の善悪が基準で、あの世の行き先が決まるのではないと言う事を知ってもらうのは、思っているいる以上に大変です。

    所謂良い人が地獄まで行かないにしても、下層の幽質界へ行ってしまうのは納得がいくものではありません。

    ですが、霊的現実は全く違っていました。この世は物理法則で成り立っています。あの世(幽質界)にも法則があり、やはり法則を破ることはできないようです。

    それを知っておかないと、あの世に行ってから想像を絶するような苦悩が待っているようです。

    とにかく、まず幽体の健全化が最優先になります。霊的現実を知ってください。

  2. 「善いことをすれば、死後、天国へ行かれる」
    この一般的な常識を覆すのは大変ですよね(´・ω・`)
    なんて説明したら分かってくれるのか??っていつも悩みますよ~。
    この世の善悪は、この世の人間たちが作った善悪なので、あの世の善悪じゃないですよ!とか??
    もう、納得できない人は、とにかく合宿に参加して感動を味わってみて下さい(笑)

  3. 地上の世界での行いの良し悪しで、死後の行先が決まるわけでない。死後は、自分の幽体が一番なじみやすい世界に入るだけ。
    水波霊魂学での、最初の驚きポイントですよね。
    それまで信じていた事とあまりに違い過ぎて、自分の人生を全面否定されているようにお感じになるのでしょうか?すぐにでも霊術が必要な年配の方ほど、拒否反応が強いように私は感じています。
    若い世代の方々、死後の話なんて死ぬ間際でいいわ~なんて思われず、早目に知っていただくに限りますよ。

  4. 自分自身が信じて生きる上での標べとしている人ほど簡単に捨てることが出来ない価値観ですよね。
    しかし正確か正確ではないかと真実か真実ではないかとは似て非なるものでそれによって道を間違えて欲しくないですよね。
    ちゃんと霊魂学的には説明できることですのでその真意を理解して頂いた上で誤解を恐れずに言わして頂けば。
    『愛は天国に導く力にはなり得ないが憎悪は地獄へと引きずりこむ確実な力たりえる』と言ったところでしょうか。

  5. 私の場合、《契山館》に出会うまでは、善行・愛行を実践して人格を高めることが、霊的な進歩・向上でもあると信じてきた期間が長かったので、すぐには納得が出来ませんでした。

    人格が高まれば、当然、《幽体》も健全化し成長すると、信じて疑ったことがありませんでした。

    しかし、実際には、善行・愛行を実践して人格が高まっても、肉体ですら健全化したり、成長したりしないのに、質量の違う《幽体》が健全化したり、成長するわけがありませんでした。

    肉体を健全化するためには、適切な栄養摂取や適度な運動などが必用であったように、幽体の健全化のためには、幽体にとっての栄養摂取や運動にあたる、《神伝の法》の霊的トレーニングを行うことが必要だったのです。

    でも、頭で、このように理解出来たとしても、なかなか実感を伴った確信を得ることは簡単ではないかもしれません。

    私の場合は、入会後、
    《霊査(霊的調査)》に基づく《霊術(霊的技術)》による《幽体》の状態の改善⇒《支部集会・分会集会》への定期的な参加⇒《神伝の法》の合宿研修への参加、と経験を重ねるごとに、《幽体》を鍛え健全化しなければ、霊的に進歩・向上することは出来ない、との確信が深まってきました。

    どうか迷っておられる方にも、1日も早く、《神伝の法》の霊的トレーニングで、《幽体》を鍛え始めて頂きたいと思います。

コメントを残す