嬬恋郷土資料館

以前、鎌原観音堂(かんばらかんのんどう)に来た時には「嬬恋郷土資料館(つまごいきょうどしりょうかん)」はなかったので、はじめて見学します。

観音堂のすぐ側にあります。

鎌原村(かんばらむら)は東洋のポンペイと呼ばれており、僕は火山の噴出物によりが埋もれたと考えていました。

鎌原観音堂のことを調べていたら、「溶岩流(ようがんりゅう)」「土石流(どせきりゅう)」「火砕流(かさいりゅう)」「熱雲(ねつうん)」「岩屑なだれ(がんせつなだれ)」「土石なだれ」「猛スピード」という様々な言葉を目にします。

近年、雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)が噴火した映像を見たこともあり、資料館で確かめてみたいと思ったのです。

嬬恋郷土資料館に向う途中、JR吾妻線 万座・鹿沢口駅(まんざ・かざわぐちえき)の前を通りました。

吾妻川沿いで、駅の裏手は河岸段丘(かがんだんきゅう)となっています。
昔に比べると、ずいぶんコンクリートに覆われた気がします。

高台までは、くねくねした道を登って行きます。

登りあげると緩やかな傾斜となり、遠くに浅間山が見えます。

鎌原村は浅間山の火口からは、12kmに位置します。

こんな場所で、噴火後に集中豪雨もなく、どうして高速の土石流が発生するのでしょう。

頭の悪い人間が考えても答えが出ません。

この資料館のメインは、やはり浅間山の噴火や鎌原村となっております。

資料館での撮影は禁止となっております。(撮影許可をもらいました)


中央で浅間山が噴煙を上げていますね。

鎌原村の発掘調査で出土した品々。

焦げた様子もなく火砕流というのも考えにくいです。観音堂に逃げた人々もガスを吸ってしまいます。

溶岩流は、鬼押出し園の下方で止まっています。

近年では「土石なだれ」という表現をしています。

資料館の職員の方に話を聞き、ようやく理解できました。

噴火当時、浅間山の中腹に柳井沼がありました。この付近は、現在でも水源となっています。

そこへ噴火による溶岩が流れ込みます。

そして水蒸気爆発を起こし、沼の水と共に、下方の硬い層の上に出来た堆積層(たいせきそ)が押し出され鎌原村に向って行ったようです。

鎌原観音堂の階段から犠牲者が見つかっているので、高速という表現も誤りかもしれません。

ただ、かなりの水量だったようです。

昔の記録書の検討、地質調査を実施し仮説の立証、大変な作業です。

こうして、徐々にメカニズムが解明されて行くのだと感じました。

あまり詳しく書くと読んでもらませんので、詳しいサイトをリンクしておきます。

早川由紀夫研究所

「いさぼうネット」コラム18:天明三年(1783)の浅間山天明噴火と鎌原土石なだれ 

鬼押出し熔岩流のナゾにせまる

資料館の職員の方々の感じが良かったので、さらに宣伝。


嬬恋村はキャベツの産地です。


嬬恋村出身のオリンピック選手もいます。


万座鹿沢口駅前で、中居屋重兵衛(なかいやじゅうべえ)の石碑を見たような。

嬬恋村の東平遺跡(ひがしだいらいせき)から見つかった縄文時代の展示物があります。

資料館パンフレット画像

この遺跡で見つかった、敷石住居跡(しきいしじゅうきょあと)はきれいな六角形で、敷石もフラットに並べられてあったようです。

特に、黒色磨研注口土器(こくしょくまけんちゅうこうどき)は、表面を磨き、黒く焼き上げられており、とてもすばらしいです。
おそるべし、縄文人。

こうした資料館を訪れると、思わぬ発見があり楽しみの一つです。

「嬬恋郷土資料館」 サイト 

by イクラマン

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嬬恋郷土資料館」への4件のフィードバック

  1. 浅間山の噴煙を見て思い出しました。私が小学2、3年の頃、今の関越道前橋インターあたりに住んでいたのですが、私の記憶が正しければ、その頃浅間山は噴火したと思います。

    前橋まで火山灰が降ってきたのを覚えています。

    小学生の私は、火山灰とは知らず食べてみましたが、ジャリジャリしていただけでした。

    縄文時代の頃の浅間山は、霊山だったのでしょうね。

    • 忘れていた記憶が、何らかの拍子で甦ること、ありますね。

      ガンリキさんのコメントで、かなり遠くの方まで降灰があったような記憶が甦りました。

      子供の頃というのは、なんでも口に入れたくなるものです。

      僕も雪が降り積って食していたところ、「汚い」と叱られました。
      でもシロップをかけると、美味しく頂けそうです。(真冬じゃ、震えがくるだろっ!)

      バカな小学生が、ここにもいました。

      縄文時代のことは、何の文献もないので確認できませんが、「霊魂学」によれば古代の日本は、世界的に類まれな霊的文明があったようです。

      昔は「地震、雷、火事、親父」などと言われました。

      現在は、父親の威厳も薄れたかのような時代ともいわれます。
      もちろん、「おやじ」の意味は、諸説あるようです。

      また「天災は、忘れたころにやって来る」とも言われています。

      災害の多い日本では、いつ何が起こってもおかしくないのかもしれません。

      現代であれば、急に道路に飛び出すことも危険です。

      祈りとは、尊いように思われていますが、祈ったところで何が変わるのでしょう。

      ある映画で「思いではなく、行動だ!」とセリフがあり、もっともだなと思いました。

      イエスキリストや御釈迦様は、人並み外れた力があったようです。

      それは思いが直接、高貴な霊的存在に届くからともいえます。

      単純に祈れば良いのではなく、思いが高級な霊的存在に届くような自分になることが大切なのかもしれません。

  2. 妹も結婚式に鹿児島に行ったら、エスカレーターの手すりがジャリジャリしてビックリしましたよ( ̄□ ̄;)!!
    桜島がしょっちゅう噴火するから、普通らしいです( ̄□ ̄;)!!

    • 以前は、火山を指す用語として「死火山」、「休火山」などという表現もありましたが、今は使われないようです。

      桜島はもとより、三宅島や大島などでも全島避難ということがありました。

      日本のどこにいても、短いスパンで考えても、楽観できないということでしょうか。

      「思いではなく、行動だ!」ですよね。

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