自分の見ている世界は他人とは違う

今回は霊的世界の法則や約束事のお話ではありません。物質の世界の人間の意識や精神の源だと言われている『脳』についてのお話です。霊魂学を学ぶ者からすれば自己を自己足らしめる要素は脳が創り出す意識だけでは無いことを知っています。脳の意識、幽体の意識、霊体の意識、過去世のカルマから来る心情、これらが複雑に絡み合い時には協調し合い、時には反目し合って意識を創り出し。瞬間、瞬間の意思決定から人生を紡ぎ出している。そんなところでしょうか、でも言葉で言うほど単純に割り切るものではありません。

これが唯物論者から言わすと全ての意識の根源は脳にあり表層意識、深層意識の違いこそあれ脳という器官が停止すれば同時に意識も消滅して全てが無に帰すと信じています。これに関しては霊魂学を学ぶ者としては「異議あり!!」なのですがその論議はさておきその脳でさえその仕組みの全容が解明されるまで長い年月を要しそうです。

ここまでは前置きです。皆さんは『共感覚』と言う言葉をご存知でしょうか?

これは五感を通じてもたらされた刺激に対して通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚をも生じさせるという現象です。比較的良くある例としては文字や数字を見るとその文字や数字に対応した音を聞いたり色を感じることなどが挙げられます。これだけでもそのような共感覚を持ち合わせていない私からすれば十分、不思議で脳の機能の複雑さを感じさせる話なのですが、当の共感覚所持者は物心ついた時から何の違和感もなく自分が感じていた世界そのものなのです。他人との比較で初めてそれが違う世界だったと気がついたに過ぎません。

何故、これほどハッキリと言い切れるのか疑問に感じる方もいらっしゃるかと思いますがじつは最近、私も共感覚、所持者ということが分かりました。私の共感覚は『時間=空間共感覚』というものです。

これは時間が見える共感覚です。こうお話しするとまるでアニメやハリウッド映画に出てくる超能力戦士みたいですね(笑)

でも違います。これは時間や年月が形のあるものとして認識している共感覚です。分かりやすく説明すると24時間や1年の図形があっていまの時間はその図形のどこにあるかが視える(感じる)ものです。これは自分が物心ついた時から持っていました。ついでに言うと私の人生の時間にも形があります。今の年齢はその形の中のここにあるといった感じです。

この共感覚、何か良いことがあるのかと言うと特にありません(涙)、強いて言うなら時間の読みが正確になります。作業とか車での移動とか初めてやる作業や初めて行く場所でも完成時間や到着時間が30分以上ズレることは滅多にありません。

この共感覚を研究した研究者によると人類の約2.2%は『時間=空間共感覚』を持っているそうです。ありがたい話ですがこの共感覚を持つ人間は持たない人間の約3倍の記憶力があるそうです。3倍も記憶力があるのならもうちょっと高学歴、高収入な人生を送っても良さげですが記憶のメカニズムとして興味のある、なしの影響が大きいことはわかっていますので、言われてみれば興味の対象に当たる記憶には自信があったなと納得しています。

子供の頃はウルトラマン全シリーズに出てきた怪獣の名前は全部言えましたし(今でも半分くらいは言えます)学生の頃は好きな教科のテストは学年トップ、嫌いな教科は赤点スレスレが常でしたから「ゆたんぽ君は能力はあるはずのなのに何でかなー」と何度も担任教師にため息をつかせたことが懐かしく思い出されます。

私の拙い説明では分かりにくいかと思いますので興味が湧いた方はネットで検索してみて下さい。多少はイメージがつきやすいかとおもいます。

でも私が皆さんにお話したいことはこの伝わらないということなんです。2.2%の人が『時間=空間共感覚』と言うことは日本人の内、約250万人は私のように視えて感じているはずです。この共感覚を持っていない人にこの感覚を伝えてることは至難の業ですが同じ世界を見ている人には針の穴に糸を通すより簡単に理解できることでしょう。

これは脳の機能の違いなので視える感じる人には死ぬまで見え続けて視えない感じない人には死ぬまで見えることはないでしょう。世界は人の数だけ存在しているのです。その世界が近いとか遠いとか重なっているとかの違いがあるだけなのです。

すいません。今日は『脳』の話だけすると言いましたが禁を破ります。

霊的な世界も霊的な真理もそれを観て感じている者にとっては日常生活の当たり前の一部になります。しかしそれ以外の人、あえてそれ以外の人と表現させて頂きますが、それ以外の人には霊的な真理や霊的な法則は想像も理解も出来ないでしょう。勿論、知識として脳に取り込み理解したと錯覚することは可能でしょう。私の共感覚の理解と同じです。

そう言う人間がこの世の中にいるということを理解しただけで私が視えているもの感じているもののすべてを共有することは不可能なのです。

霊的な真理を観えるようにする感じるようにするには脳の機能は無関係です。肉体の脳とは別の部分で理解するのですから。いえ理解すると言う表現も適当な言葉でないかもしれません目覚めると言う言葉が近いと感じています。

肉の脳の制約にこだわり続ける内は人の数だけ世界が存在しなんとなくみんなが同じ世界を見ているという共通認識の約束をしているだけです。でも霊的な真理は間違いなく制約を廃し自分と他人の共感覚を得られることでしょう。

日常生活に本当の共有世界を創ってみませんか?それは本来、もっとも自然なヒトのカタチなのです。

byゆたんぽ

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自分の見ている世界は他人とは違う」への4件のフィードバック

  1. なんなんですかその共感覚のある羨ましい脳みそは!?記憶力が3倍!?私なんぞは、同じことを三回以上頭に叩き込んでも入ってこないし忘れてしまいます。!(^^)!

    肉体の脳だけでも解明できないことが多いのに、幽体や霊体にも脳があるなんて、人間とは不思議な生命体です。

  2. いや、凄い能力ですね。

    私などは、人並みに覚えるには、人の3倍時間がかかって、しかも、どんどん忘れてしまいます。

    特に人の名前と物の名前が覚えられなくて、昔から苦労しています。

    最近は老化現象か、その傾向に拍車がかかっています。

    幽質界では、名前を覚えなくても、念ずれば伝わるのだとすれば、私にとっては有難いです。

    でも、物質界に同じように生まれてきて、霊的な事、例えば霊魂や死後の世界に興味を持てるかどうか、更には信仰心を持てるかどうかの違いは何なのでしょう・・・。

    過去世の違いとか、生まれ育った環境とか、色々な要因はあるのでしょうが、とても不思議です。

    私の場合、家族を含め、周囲に無神論の人が少なかったのは、運が良かったと思います。

    いずれにしても、守護霊・指導霊・補助霊の皆様の、最大限のご尽力のお陰であることは間違いなさそうです。

  3. ゆたんぽさんの頭脳明晰さは、お話ぶりを伺っていても伝わって参りますが、そんな凄い能力だったとは!仕事でミスしちゃう私は羨ましいです~。
    でも、もし自分がゆたんぽさんのような能力の持ち主であれば、霊的な事柄に気付けたか・・・謎です。自分の能力に鼻高々になって、きっとふんぞり返って生きていたんじゃないか、という気がするので、結果オーライでしょうか。。。
    でも羨ましい!(笑)。

    この、言葉にするのには霊的な事柄に気付けたというのは、本当に幸運なことですね。会員には、能力も、性格も、家庭環境も、それぞれ違う、様々な方がおられますが、会員が今、会員としていられるのは、全員、守護・指導霊様方のご尽力のお陰ですね。

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