この世の善と悪(その2)

6月12日掲載、『この世の善と悪』の続編です。

さて今回は、もう1つの観点のお話もさせて頂こうと思います。

私達、この世の人間が使用しているのは、肉体の意識で、肉体の脳を使って自己を表現しています。今も私は、肉体の意識が肉体脳を使って、本稿を作成しているわけです。

しかし、肉体の意識というものは、人間の巨大な意識の中の、ほんの一部に過ぎないそうです。

例えば、私達の肉体と重なっている《幽体》にも意識があります。

実は、私達がこの世に生まれたのは、今回が初めてではありません。

私達には過去世というものがあります。それも1回や2回ではないようです。すなわち、私達の《幽体》の中には、過去に何度も、この世で生きた時の、記憶が潜在しているのです。

それらの多くは、悲しみや苦しみ、怒りなどの辛い記憶のようで、何かのきっかけによって刺激されると、潜在していた過去の記憶が蘇り、表面の意識ではコントロール出来ないほどの衝動となって、人生を狂わし、不幸を招くようなことがあるそうです。

例えば、過去世で人生に絶望して自殺した、という記憶を潜在させていた人が、今回の人生で挫折を経験すると、過去世の絶望感が蘇ってしまい、自殺願望を押さえられなくなってしまう、などというケースです。

すなわち、私達の《幽体》の意識に潜在している、衝動を和らげない限り、私達は、いつその衝動に振り回されて、自ら不幸を招くことになるか分からないのです。

これを《水波霊魂学》では《霊的カルマ》と言います。

この《霊的カルマ》の解消のためには、《神伝禊法》の《霊的トレーニング》が有効です。

《神伝禊法》によって、私達の《幽体》が、高級な《幽気》と接すると、その刺激で私達の意識の中にある高級な部分が目覚めて、表現されるようになってくるらしいのです。

このようにして《幽体》意識の中の高級な部分が表現されるようになり、霊的に成長すると、《霊的カルマ》となっていた潜在されていた衝動が、和らいでいくと考えられます。

ここでまた、話を善と悪に戻しますが、ほんの一部にすぎない、この世で、表面に出ている意識を変えても、全体に与える影響はごく僅かです。

例えば、1リットルの泥水のうちの10ミリリットルを浄化したところで、全体の濁りは、ほとんど変わらないでしょう。

つまり、いくら肉体意識を高めて人格者になったとしても、とても意識全体が成長したとは言えないのです。

すなわち、今、表面に出ている肉体意識を変えても、《幽体》意識に潜在している《霊的カルマ》を解消し、霊的に成長することは出来ないのです。

《幽体》の意識を変えるには、《幽体》に高級な《幽気》を吸収させて成長させるしかないのです。

ですから、私達の《幽体》を高級な《幽気》と接触させ、刺激を与えるということが、極めて重要なのです。

そうすれば、泥水のように濁っていた水が、浄化されて透明に近付くのです。

《幽体》の意識が、辛い記憶による衝動に満ちていた時には、その衝動は肉体意識に影響を与え、暗い影を落としていたでしょう。

肉体意識と《幽体》意識は別次元の意識ではありますが、肉体と《幽体》は重なり合っているだけに、影響を与え合っているのです。

《幽体》が成長して、そのような衝動が和らいでいけば、私達の《幽体》の質も、徐々に高級な《霊魂》に近付いていくことでしょう。

そうなれば、私達の《幽体》は《守護霊・指導霊》の視界にも入りやすくなり、霊的な結び付きが深まることと思われます。

そうなれば、肉体の脳を通してという限界の下ではありますが、《神霊》にお仕えすることを喜びとされている、高級な《霊魂》の方々の思いの一端なりとも、感知出来ることもあるのでは?と個人的には推測しています。

そこには、宗教教義を学んで善行や愛行を心がけるとか、戒律を守って罪を犯さないようにする、などといった肉体意識の努力を超えた、何かがあるような気がします。

《幽体》が成長すれば、善だから悪だからというのではなく、自然に成長した幽体意識に相応しい行動が取れるようになり、霊的な成長を阻害するような行動、すなわち、《神霊》のお役に立たないような行動は、取れなくなるものではないかと推測しています。

やはり、まずは《幽体》を鍛えることが、最優先だと言えると思います。

byなおいー

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5 thoughts on “この世の善と悪(その2)

  1. 悲惨なニュースを見ますと、犯人の知人などが「そんなことをする人には見えなかった」と言う言葉を良く耳にします。

    人は見かけによらないと言う事なのでしょうが、なおいーさんの記事にもありますように、霊的カルマは普段は表に出てきません。

    それが何かのきっかけで強い衝動として表面に現れた時、事件が起こってしまうのかもしれません。

    霊的な身体と意識の健全化、進歩向上が人間の根本的な救いなのだと思います。

  2. 幽体の健全化(強化)、霊的カルマの解消。
    その為には神伝の法の実習が唯一無二の方法だと水波霊魂学は一貫して主張しています。
    そこから得られるものはおよそ肉体を持つ人間にとっては計り知れない驚異的なものです。

    脳は物質の世界の器官であるがゆえに物質の世界の知識、経験の範囲でしか理解することは叶いません。
    だからこそ脳の認知だけではない本来の霊的な意識で理解してもらうより方法がないのです。

    神伝の法は100万の言葉を並べて説明するよりも1回の体験で覚醒してもらうより他に方法がないのです。それも自分の意思で

    本物なのに経験者以外にその素晴らしさを伝える術がないというのは本当に歯痒いものです。

  3. 善人に見られたい!と思えば、簡単だと思います。
    演技をすれば良いので。
    いつもニコニコして、他の人がやりたがらない事をして、奉仕活動や寄付などもすれば、立派な善人に見られると思います。
    でも、善人に見られたいだけの演技だとしたら、心が綺麗な人と言えるでしょうか?(笑)
    もっと人間の奥の方を変えてくれる修行法が神伝禊法です(*≧∇≦)b

  4. 幽体と肉体が影響し合っていることは、支部集会へ参加するとよく分かる気がします。
    体調が悪くても、参加すると元気になれるんですよね。(^^♪

  5. なおいーさんが書かれた通り、人間にはいくつもの過去の人生があり、悲しい・辛い・苦しい、そんな衝動を多く抱え込んだまま、私達は新しい、今の人生を改めて生きているのだそうです。
    元々ドロドロしたものを抱えているんだから、いくら表面意識で善人になろうと頑張ってみたって無理があるんですよね。

    霊的トレーニングをすると、そのドロドロとした衝動が少しずつ解消されていきます。
    その良さを是非一人でも多くの方に味わっていただきたいと、私たち会員は心から願っております。

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