神社が汚れる日

毎年7月になると、すぐ近くにある神社で大きなお祭りがあります。

境内の参道には前日からたくさんの出店が並び、カラオケ大会や若者の奇声で大騒ぎです。2日間に渡って続き、近所ではみんなが楽しみにしている恒例行事なのですが、私にとっては心が痛む行事です。

普段は厳かな雰囲気の参道に、出店と人がひしめき合い、身動きも取れない程になっています。神様を祭る行事なのに、そこには食べ物と騒ぐ若者と酔っ払いと…。

いつも、心の中で、大雨が降ってみんな早く帰ってくれればよいのに、と思いながら、家の中に閉じこもっています。

きっと、水波霊魂学を知らなければ何とも思わなかったのでしょうが、今はどうしても気になってしまいます。水波一郎先生の書籍には、度々神社が登場しますが、神様はそこにいることはなく、いつも、獲物を探す不道徳な霊魂だったり、普通の動物の霊魂だったり…。

「人類は消滅すべきか」では、神様も誰もいないからと霊魂になった主人公が神社を居場所にしていたりしました。もう神様は、神社にいられなくなってしまったのです。

 

お祭りの翌日はもう大変です。

家の真ん前には食べ残しがそのまま割りばし付きで置いてあります。

参道はもっと悲惨です。

ほうきで履かれていても、食べ物がこびり付いた油の跡、ジュースをこぼした跡はそのまま大雨が降るまで残ってしまいます。匂いもすごく、嘔吐物のような油のような異様な匂いは、繁華街でも嗅いだことがない程の衝撃的なものです。家の窓からも入って来ます。

物質的に見てもこれほど汚いのですから、霊的にはどんな光景になっているのでしょうか。。。神社に神様がいないのも納得です。

逆に本当にそこに神様がいらっしゃったら、どんなに悲しまれるか、どんなにお怒りになられるか、想像するだけで恐ろしいです。

 

ただ、私はそんなふうに思うのですが、家族の一人はお祭りが好きで、出店で焼きそばや、じゃがバターを買って来てくれました。

「これを食べたら私もお祭りに来ている人達と同罪だろうなぁ。」と心の中で思いながら、家族の好意を無駄にもできず、食べてしまいました。

夜遅くに食べたからでしょうか、、、次の日は、どうしても体調が優れません。気持ちの問題かもしれませんが…。

 

あの時、「そんなもの食べない!」なんて言っちゃったら相手は腹が立つでしょうし、霊魂学を学んでいる人は心が狭い人間なのかと思われるかもしれません。。。

 

霊的にどう生きたら良いのか、考えるといつも選択に迷います。結局、正解は分かりませんが、書籍を読むと少しだけ分かったような気にはなれます。

お祭りに行って、これじゃぁ神様が可哀そうだ、と少しでも思われた方は、是非書籍を読んで頂きたいです!

 

Byこま

 

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4 thoughts on “神社が汚れる日

  1. 皆が楽しむことは悪い事ではないと思いますが、やはり神社が何のためにあるのか理解していれば、本来の祭りの姿は現代のようではないのかもしれませんね。

    日本にある神社が全部本当の意味で復活をすれば、邪霊や未発達な霊魂など日本からいなくなってしまうと思います。

    神社が穢されるのを見るのは、修行者としては心が痛みますが、ジャガバタと焼きそばは切り離して考えても良いのではないでしょうか(笑)

  2. 霊魂学に出会う以前は神社仏閣には多少なりとも畏怖の念を抱いて足を踏み入れていましたが霊的修行も進み高貴な霊魂方には以前の何十倍何百倍の信仰心を持って日々を過ごしていますがもう神社仏閣には何の感情も抱かなくなってしまいました。
    それが現実を現していると言う事なのでしょう。
    今は自分が高い幽気を降ろす目印のアンテナになってやる!と言う気概を持って御利益目当ての人混みの中でポケモンを捕まえています(笑)。

  3. 現代の人は信仰心が無いんでしょうね~(-_-;)
    信仰心が無いなら無いで、宗教施設以外の場所で騒げば良いのに、わざわざ宗教施設で騒ぐって迷惑ですね~(-_-;)

  4. 既に霊的な価値が薄れている場合
    神主さんが高貴な気を降ろして頂けるように、なるしかないのかな。

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