死後、天国へ行くか、地獄へ行くかの基準

皆様の中には、死後、天国へ行くか地獄へ行くか、その明確な基準を知りたい、という方もおられることでしょう。

《契山館》の主宰者、《水波一郎先生》が提唱されている《水波霊魂学》では、その基準が、極めて明確に説明されています。

それは、私達の持つ《幽体》という霊的身体の健康状態なのです。

《幽体》は、この世の人間の肉体と重なっていて、肉体の死後、私達は、この《幽体》で、《幽質界》という《死後の世界》へと赴くのです。

そして、《幽体》が健全で活力があり、強い《幽体オーラ》という霊的な光を放っている《霊魂》は、同じように健全で活力がある《幽体》を所持した《霊魂》が集う、まるで天国のような《上層の幽質界》へと入ることが出来ます。

本当の天国は、もっとずっと上の世界で、死後間もない《霊魂》が入れるような世界ではありません。

しかし、この世と比べても、ずっと幸せな・・・例えば、食べる必要も、眠る必要も、仕事をする必要もなかったり、必要なものは何でも念で表出することが出来るなど・・・世界ということで、ここでは、まるで天国のような世界としています。

一方、《幽体》が不健全で活力がなく、《幽体オーラ》が出ていないような《霊魂》は、同じく不健全で活力がない《幽体》保持者が集まる、《下層の幽質界》へと落ちてしまうのです。

本当の地獄は、もっと下の世界で、死後間もない《霊魂》が入る世界ではありません。

しかし、《下層の幽質界》には、暴力的な《霊魂》がいるそうなので、入ってしまうと、この世のどんな苦痛とも比較にならない程の、筆舌に尽くし難い苦痛が待ち受けていることが多いそうです。

しかも、《幽質界》には死がないので、その苦痛は、終わりがなく、いつまでも続いてし舞う可能性すらあるのです。

まさに、まるで地獄のような苦痛と恐怖に満ちた世界だと言えるでしょう。

このように、私達が死後、《幽質界》へと入ると、自らの《幽体》の性質に合った階層へと、言い換えれば、自らの《幽体》と同質の《幽体》所持者の集まった階層へと、引き寄せられることになるのです。

そこが、恐怖と苦痛に満ちた世界であったとしても、その《幽体》にとっては、そこが一番生きやすい世界なのであって、他の階層で生きることは困難なのです。

大切なことは、死後、《幽質界》で入る階層を決めるのは、幽質で出来た《幽体》の性質という《幽質界》の基準であって、この世の基準ではないということです。

よく、善人は天国に入り、悪人は地獄に落ちる、などと言いますが、この世の善悪は、あくまでも、この世の善悪であって、《幽質界》の善悪ではありません。

この世の善悪は、この世の基準であって、《幽質界》の基準ではないのです。

《幽質界》の中においては、《幽体》がより健全となって活力が増し、《幽体オーラ》が強まった《霊魂》は、より上の階層へと移動するそうです。

逆に、《幽体》が不健全となり活力が失われ、《幽体オーラ》が弱まった《霊魂》は、より下の階層へと移動してしまうようなのです。

このように、《幽質界》では、現に《幽体》の性質が、その《霊魂》が生活する階層を決める唯一の基準になっているのです。

そこへ、この世で死を迎えた人が、新たに《霊魂》となって入ってきたとしたら、その《霊魂》の行き先を決めるのも、《幽体》の性質でなかったら、基準が一定ではなくなってしまいます。

前から《幽質界》にいる《霊魂》は、《幽体》の性質によって住む階層が決まり、この世からの新入《霊魂》のみが、この世の善悪の基準で住む階層が決まるなどということがあったら、大きな混乱が起きるだろうと私は思います。

悪を捨て善を選ぶことは、この世においては尊いことかもしれません。法律や規則を守り、社会常識を尊重することも、この世においては大切で、《契山館》でも、それらのことを重視しています。

ただしそれは、《死後の世界》である、《幽質界》での行き先を決める基準ではない、ということなのです。

基準は、あくまでも《幽体》の状態なのです。

それ故、《契山館》においては、《幽体》を鍛えて、健全化し活力を増加させる必要性が、何度も繰り返し述べられています。

この世において、《幽体》を健全化し、活力を高め、強い《幽体オーラ》を輝かせるための、唯一の方法、それが《神伝の法》の《霊的トレーニング》に他ならないのです。

1日でも早く、1人でも多くの方に、《神伝の法》の《霊的トレーニング》をお始め頂きたいと、願っております。

byなおいー

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5 thoughts on “死後、天国へ行くか、地獄へ行くかの基準

  1. 呆気に取られる程、シンプルな法則なのですがシンプル過ぎて逆に難しい教義や聖人君子になる為の血の滲むような努力を重ねた人には受け入れ難いのかも知れません。

    でもこれが真理であり動かし難い法則なのです。
    日常生活に支障を来たす事のない頻度と時間を割く程度の霊的修行を日々続けていると誰に説得されるでもなくこれが真実なのだと自然に実感出来ます。

  2. この世の善悪であの世の行き先が決まると思っている方はまだまだ多いのではないでしょうか?一度自分の知識をリセットして見てはいかがでしょう。

  3. もしも、この世の善悪で決まるなら、そもそも誰が行き先を決めるんですか?
    しかも、この世の善悪は、人間たちが勝手に決めたルールで、さらに、国によっても善悪が違いますよ^^;
    しかも、この世でお金持ちなら、心にも余裕があるし、寄付もたくさん出来るけど、
    貧乏な人は余裕がないし、自分の子供が明日食べる物も無いのに寄付なんて出来ないですよ。
    っていう感じで矛盾だらけですが、法則には矛盾が無いです。

  4. 一般的に言われていることと違うので、はじめは納得できないこともあるかもしれませんね。ですが、本当のことが知りたいと思って読み進めれば、水波霊魂学だけが真実を語っているとわかるはずです!

  5. 同居している高齢の家族は、「こんなに人のために頑張っている自分だから、死んでも地獄に入るはずがない。」と自分や周りに言い聞かせるように時々話しています。
    幽体の話をしようとすると、聞きたがらず、席をはずします。
    自分の生き方に非があるかもしれない可能性は、年齢を重ねる程に受け入れがたくなるかもしれないな、と感じています。

    多くの方は、死後のことなど年をとってからでいい、と思われるかもしれませんが、霊的トレーニングを実際にしてみますと、幽体は1日も早く鍛えるべきだと実感されることと思います。
    今、この瞬間も、私たちは肉体と共に幽体を重ね合わせている霊魂なのですから。

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