世界で一番ざんねんな生き物

こちら長野県も随分秋めいてきましたが、昨日はかなり湿度があったせいでしょうか、ひさしぶりにミンミンゼミが元気良く鳴いていました。
家族が育てている鈴虫の声とセミの声が同時に聞こえ、季節の変わり目を感じました。

さて、セミはなんとも不思議に思える生き物の一つではないでしょうか。

木に植え付けられた卵からふ化をして、土の中で3年以上を過ごして、地上に出てきてからの時間は長くて一ヶ月。

長い地中生活を抜け出してきた後、大空に羽ばたける時間になってからの、なんとも儚い短命感。「ざんねんないきもの」に感じてしまうけれど、生物の一生を長いやら短いやら思うのは、客観的に観察できる人間の立場だからなのでしょうか。

私達からは短い時間に思えても、セミの立場になってみればとてつもなく長い時間であるように感じているかもしれませんね。

NHKでアニメにもなった「ざんねんな生き物辞典」には、そんな動物の生態の「ざんねん」に思えるところが面白・可愛らしくまとめてあって、私も楽しく拝見しましたが、

高級な霊魂からご覧になると、間違いなく一番ざんねんな生き物は、ゴキブリでも、ヘビでもなく、私達「人間」だということなのです。

 

最初は「幽界」に生まれた生命体「人間」は、あまりに何事も自由な幽界ではつまらなくなって、スリルやアドベンチャーを求めて不自由な物質の世界に生まれることを望んでしまったのだそうです。

なんとなく分かるような気もします。
今と全く違う感覚になったら。たとえば昆虫になってみたら、世界はどんな風に見えるんだろう?なんて、私自身ちょっと知ってみたいような気持ちになります。

そう思うと、不自由な肉の身に入り込んだ人間達は、どうせ短い人生だし、ちょっと体験してみたいな、位の大変軽い気持ちだったのかな、と私は書籍を読んで思っています。

 

人間達が物質の身体を求めるのは許すにしても、上位の霊魂方はもう少しタイミングを待つように言われました。
しかし、人間達は時を待ちきれずにまだ許可が出ていないのに肉体に我先にと入ってしまった。
そして、入ったはいいけれど、今度は、まだ準備途中だった肉体のあまりの不自由さに苦しみだしたという・・・。

そして、肉体に入った人間達は、肉の脳に縛られてしまったために、自分達が霊的生命体であることを忘れてしまいました。
肉体の死後の人生の方が本当で、はるかに長いのに、ほんのわずかな100年ほどの人生を全てと思い込み、死後も霊魂も無いと思い込んでいる・・・。

霊的な背景を知りますと、あまりに「ざんねん」過ぎる人間。

そんなざんねんさを背負って、私達は何度となくこの世に生まれてきているというのです。
なんてざんねん・・・というか、悲しい生き物なんでしょう。

でも、そんなざんねんさを否定するのでなく、悲しむのでも落ち込むのでもなく、まずそんな自分であることを知り、自覚し、先に進むことが大事なのだと思います。

生き物達のざんねん感を学ぶより先に、私達は自分自身のざんねん感をこの書籍で学びましょう。
私達は確かにざんねんな生命体ではありますが、人間と霊魂との歴史は、心が感動で包まれること間違いなしの、本当の名作です。

二本足の霊魂

byゆず

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4 thoughts on “世界で一番ざんねんな生き物

  1. ちょっとした冒険心と早とちりの結果、何千年もいろんな生命体にまで影響を及し迷惑極まりない残念な生き物「二本足」・・・私は虫が羨ましいです(泣笑)

    しかし、この世でもあの世でも生きて行かなければいけない現実を無視することはできません。

    自分でまいた種は自分で刈り取るために、「神伝の法」が降ろされました。

  2. 間違いなく人間ですよね^^;
    どう考えても人間ですけど、人間の歴史を知らない人には分からないでしょうね~。
    ぜひ、人間の歴史を知ってください!

  3. 不自由を体験したいっていう感覚は、分からなくはないです。。。諸悪の根源が、その感情にあるのかと思うと考えてしまいますよね。
    ひとつの反抗、はじめのわがままが、雪だるま式に罪を重ねて重くなって、今の私たちになっているので、既に救いようがない存在なのかもしれません。「二本足の霊魂」は人類救済の書です。

  4. 人間は霊的生命体としての意識が主であって肉体を持つ間の意識と時間は針の先程もない刹那なのです。

    そして肉体の生を全うすると言うことは一切の例外なく罪を纏って日々、過ごしていると言うことなのです。

    自身が罪人だと自覚して生きることは謙虚さに繋がり、その謙虚さが高貴な存在に対して畏怖の念を生み出し全ての人が本来持ち合わせている信仰心を浮かび上がらせるのです。
    肉体を持って過ごす人生の中で追求するモノに対する執着は本当は幻なのですよ。

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