私が契山館の凄さを実感した時(序)

私が宗教的な分野に興味を持ったのは、幼少の頃に、あるきっかけで「人が死んだらどうなるのか」について、その真実を知りたいと思い始めたからです。

その後私は、50年近くにわたって、様々な宗教や、その類似団体に属してきていました。

幸い20歳前後の頃には、100%ではなくても、神仏や霊魂、死後の世界の存在を信じられるようになっていたので、死の恐怖からは解放されて、だいぶ楽に生きられるようになりました。

しかし、所属した宗教団体等には、いずれも、内情が分かってくると失望させられる、という状況が続いていました。

そして、「もう日本には、信頼出来る本物の宗教はないだろう」と、半ば諦めていた時期に出会ったのが、『契山館』の『龍』という書籍でした。

2017年の1月ですから、ちょうど3年ほど前のことです(2020年1月5日記)。

その頃まで龍という存在には、全く興味がなかったのですが、なぜか前年(2016年)の暮れあたりから、龍が気になり出して、インターネットで検索していて出会ったのです。

最初は、失礼ながら「また、おかしな宗教が出てきた。もう騙されまい」と思ってスルーしたのですが、どうしても『龍』が気になったので、しばらくしてから、1月下旬にアマゾンで『龍』を注文しました。

今にして思えば、私を担当されている補助霊の方が、今が勝負の時と、全力で働きかけて下さったお陰でしょう。将来、お会い出来る機会があったら、真っ先に、その時の、お礼を申し上げたいと思っています。

当時の私の『幽体』の状態では、『守護霊』や『指導霊』の方々の視界には入っていなかったと思われますが、『神仏』や『霊魂』の存在は信じていたので、『補助霊』の方の視界には、かろうじて入っていたのかもしれません。

また、その前の数年間は、どの宗教等とも距離をおいていたので、そのことも、幸いしたのかもしれません。

数日後、『龍』が到着すると、夕食も摂らずに、一気に拝読しました。

読み終わると、何とも言えない感動に包まれていたものの、その時の私には、『龍』という書籍の価値を、判断することが出来ませんでした。

そこで私は、当時、アマゾンで販売されていた、『水波一郎先生』の著された、約20冊の書籍を全て購入し、2月中旬にかけて、ほぼ1日1冊のペースで拝読しました。

しかし、正直に申し上げると、それでも私は、契山館が本物であるとの、確信を得ることが出来ませんでした。

それは単に、「もう騙されまい」との思いが強すぎただけだったのかもしれませんが、私がそれまでに学んできていた宗教的な教義とは、あまりにも異なっている部分があったからです。

私にとって理解が難しかったのは、『死後の世界』である『幽質界』で、上の世界へ入るためには、この世では肉体と重なっている『幽体』を、特別な霊的トレーニング法である『神伝の法』によって、鍛える必要がある、という点でした。

私は、宗教的な教義を学び、善行・愛行・反省行等に励み、人格を高めていけば、『幽体』の意識も同時に成長して、死後は上の世界へ入れるものと信じていたのです。

しかし、上記の内容以外には、深い感銘を受けましたので、2017年の3月に入ってすぐ、まずは一般会員として、入会しました。

4月に正式な会員となった私は、早速、ご本部の『霊的調査』である、『霊的状態等の調査』などを受け、その結果に基づいて、『幽体』の状態を改善するための、いくつかの『霊術』を受けました。

すると、あくまで、私の主観的な感覚に過ぎませんが、私の中の、今まで感じたことのない部分が動いている気がして、意識がスッキリと透明になったような感覚がありました。

どうも、それまで私は、全く別の意識(おそらく脳内の肉体意識の一部)を、霊的な意識だと錯覚していたということ、すなわち、この世での善行・愛行・反省行などの影響力が及ばない意識が、確かに存在するということが、この時、何となく分かったように思います。

そして、『幽体』の状態を良好にして、死後、『幽質界』で上の世界へ入るためには、『神伝の法』のような特別な修行法を行うか、『霊術』を受けることによって、専門の『指導霊』の方の援助を頂いて、『幽体』に直接働きかける必要があると、この時、納得が出来たのでした。

そして、それから数週間後の2017年4月下旬、私は初めて《契山館》の《支部・分会集会》へと向かったのです(続く)。

◇本稿の内容は、全て、私の主観的な体験に基づくものです。同じ状況下においても、感じ方は、個人により大きく異なることと思います。
しかし、人間は誰でも霊的な存在ですので、真剣に求める気持ちさえあれば、《契山館》のような本物の宗教と出会った時には、きっと何かが感じられるものなのではないかと考えています。

byなおいー

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4 thoughts on “私が契山館の凄さを実感した時(序)

  1. なおいーさんのように、長年違う説を信じ実践していた方が、疑いながらも新しい説を受け入れられると言うことは凄いと思います。御利益信仰に囚われず「龍」を読まれ、それに感銘を受けるだけでも、私としては尊敬します。自分がその立場だったらどうだったのか・・・今、道に悩んでいる人も、まずは、「霊的身体説」を勉強してみて、出来れば神伝の法を体験して頂きたいです。人間の意識は複合体ですが、それを意識できるのはなかなか難しいかもしれません。ですが、良く分からないところで、必ず以前の自分と変わって行くことは体験できると思います。そして、いずれその意味が理解できると思います。

  2. 僕も、最初の頃は宗教が嫌いだったので、慎重になっていました。
    でも、どう考えても正しい内容だったので、入会して今に至ります(*´艸`*)
    宗教が嫌いな方でも、『死後の知識』として、霊魂学を知ってみて下さい。
    どう考えても、どう否定しようとも、正しい事が分かると思います(*´艸`*)
    そして、合宿などで体験すると、確信すると思います。

  3. 私も、宗教に入るとは想像もしていなかったので、惹き込まれていく自分に戸惑いました。読めるものは全部読みたいという感覚、すごくわかります。

    なおいーさんのように、何度も失望しながらも、霊的なことを求め続ける、というのは信仰心の賜物なのでしょうね。本当に、すごいです。

    恥ずかしながら、私は運が良かっただけなので…、頭が下がります。<(_ _)>

  4. 皆様、いつもコメントを頂戴致しまして、誠にありがとうございます。

    私は若い頃、様々な宗教を本物だと思っては飛び込み、その後、失望するという失敗を繰り返していたので、「もう騙されまい。日本に本物の宗教はもうない。」と諦めてしまっていました。

    そのような心理状態だったので、最初、《契山館》に出会った時には、必要以上に懐疑的になってしまったのだと思います。

    でも、入会してみると、集会に参加されたり、HPをご覧になったり、1冊の書籍を読まれただけで、本物と確信して入会された方が多く、皆様、さすがに鋭く優れた感性をお持ちだと、感心させられました。

    私などは、誠に鈍い感性しか持ち合わせていなかったので、長い長い時間がかかってしまいました。

    それでも肉体のあるうちに辿り着けたのですから、運が良かったと感謝すべきだと思っています。

    今は、思い切って入会するという選択をして、本当に良かったと思っています。

    入会して《支部集会》へ定期的に参加したり、《神伝の法》の合宿研修に参加したり、《霊的トレーニング》を毎日続けていると、理屈を越えたところで、《契山館》への確信が、揺るぎないものへと深まっていくように思えます。

    入会を迷っておられる方がおられましたら、ぜひ、《本物》の凄さと素晴らしさを、ご自身で体感して頂きたいと思います。

    きっと、私と同じように、「入会して良かった」と思われることでしょう。

    今回は前段部分の(序)でしたが、今後(1)~(3)を投稿させて頂く予定です。合わせてお読み頂ければ幸いです。

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