見かけは一緒だけど。

昨日、お昼ご飯にスーパーで買ったサンドイッチを食べました。

が、それが大変な不発でした。

パンはパサパサ。
具材は、見える範囲にしか入っていないし、なんだか味が薄い。
食べ終わりの後味もイマイチで、舌がしびれました。

少し遠回りでも、いつものパン屋さんのサンドイッチを買えば良かったと、後悔しきりでした。

某パンやさんのサンドイッチがお気に入りで、お弁当が間に合わないと、よくそこで買っています。

外観は普通、並んでいるパンもいたって普通のラインナップで、味も、客を驚かそうとするような味ではないのですが、

見かけから想像される普通に美味しい、の、少し上、で、
なんだかほっとする味なのです。

具材とマヨネーズの和え方の差なのか?パンがサンドイッチ用なのか?
誰にでもできそうな、本当にフツーの見かけなのですが、
プロのお仕事を思わせます。
(断面眺めて、自分でも真似しているのですが、なかなか。)

しかも、スーパーより少しお安いものだから、
へんぴな場所にあるにも関わらず、いつも一定のお客さんがその店を訪れています。

おじいちゃんとおばあちゃんが営んでおられる庶民の味方、
是非長くお店を続けていただきたいと思っております。

 

さて、スーパーのサンドイッチも、このお店のサンドイッチも、
値段はほぼ一緒で、見かけ的にも殆ど差はありませんが、
中身は、同じ「サンドイッチ」というくくりでありながら、まるで別物。

 

世の中にはそんな風に良いものと悪いものが同じ顔をして一緒に並んでいて、
私達はその中で自分に合っているであろうというものを見つけて、
日々、選択しています。

生きているというのは、日々、こんな選択の繰り返しですね。

 

選ぶことが「昼ご飯」であれば、たとえハズレのサンドイッチを引いてしまっても、
ちょっと後悔すればいいだけですが

例えば、結婚相手とか、就職先とか、
人生の大きな選択であればある程、
間違えると、人生を生きることさえ苦しくなってしまいます。

 

生きることのセンスや審美眼を育てるしかありませんね。

 

なんて、私は色々人生失敗が多くて、
他人様に大きなことを言える人間では全くないのですが、

一つだけ、本当に心から良かった!という選択ができていて、

それは、

「水波霊魂学の門戸を叩けた」という選択です。

 

私は水波霊魂学を知るまで、普通に宗教を恐れていました。

犯罪に巻き込まれるのはごめんでしたし、
何より、宗教の教祖に自分の人生の選択を全て依存してしまうようで、
それが心から嫌でした。

 

ですが水波霊魂学の門戸を叩き、学んでみると、
世の中の人が「宗教」だと思っているものは、
「宗教」という顔はしていても、まるでまがいものだったのだと知りました。

 

考えてみれば不思議です。
「宗教は嫌い。」という方の中に、
例えば世界の三大宗教の教祖が人間にとって何が必要と唱えたのか、
それぞれキチンと説明できる人がどれだけいるでしょう。

 

実際の内容は殆ど知らないのに、
世の中のイメージだけで 宗教はダメ と言っている方が殆どではないでしょうか。

 

それだけ、「宗教」のような顔をしている団体に、
怪しい犯罪集団が多く出た、ということではありますが、

本当にそれで良い選択ができていると言えるでしょうか?

 

自分で作ったことも無いのに、行ったこともないのに、
回りの評判だけで、あの店は美味しい、この店はまずい、
なんてレストランを評価するだけなら、さほど害はありませんが、

こと、「宗教」についての選択を間違うと、
本当に人生取り返しのつかない結果を招いてしまいます。

 

「宗教」=「人から自由意志や財産を奪うもの」だと思いこんでおられる方、

勘違いされておられます。

「宗教」とは「神や仏など、神秘的な存在を信じる観念や儀礼、教えなどのこと」です。

 

なぜ神秘的な存在を信じることが必要なのか?

それは水波霊魂学を学び、霊的トレーニングを行いますと、
はっきりと感じます。

 

人間は肉体ともに《幽体》という霊的な身体を重ね合わせている生命体で、

 

《幽体》には、肉体にエネルギーや栄養が必要なのと同じく、幽的な栄養が必要であり、
それは「神や仏など、神秘的な存在を信じる行為」によってしか、吸収できないものなのでした。

 

私達の肉体の脳がいくら霊的な事柄を否定しようとも、
私達の幽体は、いつもいつも幽的な栄養を欲しているのです。

水や栄養を取らずに生きていた人が食事をとれば、
言葉を尽くして栄養の大切さを伝えなくても、
栄養がどれだけ人間の体に必要か、よく分かることでしょう。

それと同じです。

それまで全く信仰と無縁であった人でも、
霊的トレーニングを行い、霊的な栄養をコンスタントにとっていただくと、

私達がブログで 良いです! 凄く良いです!と、しつこく言っているのはなぜか、
よく分かっていただけると思います。

byゆず

動画:死後の世界 人生の目的等 霊的な真実を示すのは宗教のみである!

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3 thoughts on “見かけは一緒だけど。

  1. 値段は安くても、丁寧に作ってある食べ物は、なんか分かりますよね!
    (幽気はともかく(;゚ロ゚))

    宗教的な知識の間違いは取り返しが付きません。私も「水波霊魂学の門戸を叩けた」選択は、最高の幸運だったと思っています。

    世の中の人はそれを持って「洗脳されている」と思うのかもしれませんが、「洗脳」の定義をキチンと勉強してもらいたいです。

    契山館会員は、世間的なイメージの洗脳された人は一人もいません!

    霊的な救いは「宗教」にしかない以上、私達はウザがられても、馬鹿にされても、発信して行きたいです。

    本当のことを知ってもらうために!!

  2. 僕も宗教は嫌いでしたよ~^^;
    でも、契山館は世間が思っているような宗教とは全然違いますよ!
    死後の世界の法則を教えてもらえるので、科学に近いと僕は思いました。
    宗教っていうだけで毛嫌いせずに、死後の世界の重要な法則だけでも知って頂きたいです。
    法則を知った後、どうするかを決めればよいと思います。

  3. 本当に見かけだけでは、真実の価値が分からないものが多いと思います。

    宗教も、その典型的なものの1つでしょう。

    私も、その見かけに騙されて、様々な本物とは程遠い宗教の門を叩いては失望する、という失敗を繰り返してしまいました。

    そして、もうこの世に、門を叩くべき本物の宗教は存在しない、と諦めかけていた時に、ようやく出会うことが出来たのが《契山館》でした。

    もし私が、《契山館》と出会うという幸運に恵まれていなかったら、私は失意のうちにこの世の人生を終え、さらに死後の世界で、まるで地獄に落ちたかのような塗炭の苦しみに、いつまでも苛まれ続けることになったことでしょう。

    見かけだけで、《契山館》を本物の宗教だと判断することは出来なくても、《水波霊魂学》を学び、《神伝の法》を実習して、中身を味わってみた時に、その価値の高さに驚かせられることでしょう。

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