イタリアこぼれ話(その6)「イタリアのジプシー」

ジプシーとは、一般にヨーロッパの移動型民族のことですが、差別用語に当たるそうで、現在ではロマと呼ばれる事が多いようです。

さて、イタリアには、ジプシー[イタリア語でzingari(ズィンガリ)]と呼ばれる人達が、少なからず存在しています。

彼らは現在では、定住しているようで、放浪生活をしているようには見えません。

大きな街などを歩いていると、母親らしき女性が、古新聞などを手にした、4~5人の子供を連れて現れては、しつこく物乞いをするのです。

言葉で物乞いをするだけならよいのですが、彼らの多くは、ターゲットになった人を取り囲んでは、実力行使に出ます。

実力行使とは言っても、そこは女性と子供ですから、殴る蹴るの暴行をする、などということはありません。

ポケットや鞄の中に、片っ端から手を突っ込んでは、現金や金目の物を見つけると持ち去っていくのです。

子供の多くは修学前から小学生くらいで、母親が赤ちゃん(なぜか人形のこともあります)を抱えていることもあります。

彼らの世界では父親は稼がず、母親や子供の稼ぎ(盗み)が悪いと、厳しい折檻が待っているそうです。

もし彼らの元に生まれてしまったら、子供達は、物心が付く前から、泥棒をするしかないのです。

霊的な主張の中には、子供は、修行をするために親を選んで生まれてくる、などとするものがあります。

しかし、本当に親が選べるのなら、このような親を選んではいけないし、幼児の頃から盗みの修行などをしてはいけないのです。

このような事例を見ても、やはり、生まれてくるのは法則によるのであって、一般人が親を選んで生まれることはない、とする《契山館》の主張が正しいと、改めて実感させられるのでした。

そして、どんな環境に生まれようと、今どんな境遇であろうと、人間にとって本当に必要な修行は、《神伝の法》の《霊的トレーニング》しかない、と断言することが出来るのです。

その存在を知った今がチャンスなのです。

話を戻しますが、私はイタリアに渡った途端に、立て続けに5~6回、このジプシーの集団に囲まれたのです。

幸い用心していたので、実質的な被害はなかったのですが、そこから私が得た教訓は、貴重品を入れる場所は2ヶ所までにするということでした。

よく、海外では貴重品は分散して持つように、と言われますが、こちらは手が2本しかないので、同時に守れるのは2ヶ所までなのです。

さて、困った私は、イタリア人の知人に相談したところ、大きな声で「あっちへ行け」と叫ぶと去っていくと言われました。

確かにイタリア人が大声を出すと逃げていくのですが、どうも東洋人の私が怒鳴っても、怖くないようで、去ってくれなかったのです。

また、優しそうで体格の良い人が狙われる、との話を聞きました。

私が優しそうに見えるのかどうかはともかく、肥満気味という点は、当たっていました。

何でも体格の良い人は、いっぱい食べている=お金を持っている、と思われるのだそうです。

そうは言っても、体型は簡単には変えられませんので、私はどうしたら怖そうに見られるのか、その研究を始めました(笑)。

そこで髭を生やし、鏡の前で怖い顔付きと目付きを作る練習をし、家から一歩出たら、常にその顔をするように訓練したのです。

私の変身大作戦?は大成功で、その後、2度とジプシーに囲まれることはなくなりました。

ジプシーが来ても、準備したいちばん怖い顔で睨むと、近寄らずに去っていくようになったのでした。

そのかわり、日本人の旅行者から、声をかけられことも、なくなってしまったのでした。

必要に迫られていたとはいえ、あの頃は、人を睨み付けなければ生きていけないような社会で、よく日常生活を送れたと思います。

どう考えても不幸な社会ですね。

でも、もし幽質界で下の世界へ落ちてしまったら、その不幸の度合いは、どれ程のものでしょうか?想像して言語化するのも恐ろしいです。

当時の記憶を辿りながらも、私達人類が、下の世界に落ちるようなことだけは、あってはならないとの思いを新たにするのでした。

byなおいー

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イタリアこぼれ話(その6)「イタリアのジプシー」」への3件のフィードバック

  1. 世の中には、犯罪をせざるを得ない環境に生まれた人は確実にいます。戦争にかり出されれば、相手を殺さなければ自分が殺されます。人身売買などという闇の話もあります。平和ボケをした人達には到底想像も出来ない残酷な事実もあるはずです。そのような環境に生きている人達には、神も仏もありません。

    人間は、地上に生まれる前は幽質界で自由に生きていた生命体だったそうです。それが、弱肉強食の性質を色濃く残した肉体を着てしまったため、今の不幸から逃れられなってしまったそうです。決して心の修行のために生まれてきたと言う主張に騙されてはいけません。

    しかし、現代には救いの法が示されました。

  2. イタリアでの生活と伺いますと、美しい街並みが想像され、とってもオシャレな印象があるのですが、生きていくのは大変なのですね。郷に入っては郷に従えといいますが、いかつい顔のなおいーさんは、想像ができませんよ~。

    どんな不幸な境遇の中生きているように感じても、霊的トレーニングと出会い、日々積み重ねる努力さえできれば、どんな方でも必ず報われるようにできていると心から感じています。
    本当です。必ずです。

  3. 少し前の職場でも、睨みつけていないと大変でした^^;
    たくさん仕事を持ってきたり、少しの事で怒鳴られたり、嫌味を言われたり(-.-;)
    でも睨みつけたり、ゴミ箱を蹴ったりしていると、周りの人に馴染んで普通に過ごせました(-.-;)

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