終活

テレビを見ていて、ある老人の台詞が気になりました。

終活を終えて「私も年なので、いつお迎えが来ても良いようにしておきたいのです。」と言うことでした。

あの世があると言うことが前提で、誰かしら案内人としてお迎えに来てくれる事を

何となくでも信じているのかも知れません。

あるいは素朴な信仰心なのでしょうか。

言われてみれば、昔から良く聞く台詞ではありますが、水波霊魂学徒としては、簡単に聞き流せません。

あの世があることを信じているのなら、肉体は焼かれたはずなのに、同じような姿をしている自分の体はいったい何で出来ているのでしょう?

そのお迎えの人は、一体誰なのでしょう?本当に親切な案内人なのでしょうか?

死後の世界はあります。であるなら、生きているうちに本当に正しい情報を入れた方が良いと思います。

ご先祖様が迎えに来ると思ったら大間違いです。

昔から言い伝えられている知識を何となく信じていては、大変なことになるかも知れません。一度リセットした方が良いと思います。

「転ばぬ先の杖」死後の真相を知って下さい。

byガンリキ

 

☆✉  メールフォーム  ✉☆

 

終活」への3件のフィードバック

  1. 死ぬ事を「お迎えが来る」と表現する方は少なくないですね。

    私も、そのような表現をされる方は、心のどこかで、死後の世界の存在や、肉体の死後に人間が《霊魂》として生き続ける事を、感じておられる可能性があると思います。

    この世で生きていたら、死後の世界が、〈ある〉とも〈ない〉とも断定できない。どちらとも100%の確信は持てない、というのが普通の感覚なのかもしれません。

    それなのに、確証もなく「死後の世界などあり得ない」と、なぜ断定する方がおられるのか?私には不思議です。

    そして、人間が本当に《霊的生命体》であるとの確信は、《水波霊魂学》を学び、《神伝の法》の霊的トレーニングの実習を深めていかないと、得られにくいのかもしれません。

  2. せっかく死後の事を考えるなら、
    天国とか地獄とか上下高低はあるのか?
    上下高低があるなら、どうすればより上に行けるのか?って真剣に考えて探して欲しいですよね~。

  3. 長野県では神棚がごく普通に設置されている御宅が多いのですが、その意味合いをそれとなく聞くと、「風習だから」、「別に神様を信じているわけじゃない」と普通にお返事されてしまいます。
    ゴールデンウィーク中は、7年に一度行われる神事があるため、有名な神社仏閣は大賑わいなのですが、この世を幸せに生きることを求めている方がほとんどのような気がします。
    霊魂学の価値を知っていただきたいです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。